「役者は揃ったね。」
斯くして、幸村の寝かされている布団に周りに
兼続、慶次、そしてキノトが勢揃いし、座った。
「幸村。こっちの二人はある程度事情は知っているのだけれど、お前は初めて聞くことばかりになる。
驚くことも、信じられないことも飛び出すだろう。けれど・・・覚えておいてほしい。
これから私が云うことは、すべて真実なのだよ。良いね。」
「・・・はい。」
顔を覆う暗灰色の布の下から、真剣な眼差しが見つめているのを感じ。
幸村は、背筋が伸びる思いで、答えた。
「まずは、左近と三成についてだが、二人なら問題ない。夜には此処に着く。」
言い切ってから、キノトは続けた。
「実はね幸村。あの二人は存命なのだよ。いや、存命というよりピンピンしている。
左近が関ヶ原で戦死というのは偽情報さ。当然、三成の処刑も偽装だ。」
驚きのあまり、跳ね起きそうになって
けれど其れより早く、キノトの白い腕が幸村を押さえ付けていた為、繰り返しにならずにすんだのだが。
「左近殿と・・・三成殿がですか・・・!!」
大声だけはしっかり飛び出し、其の所為で盛大に顔を顰める羽目にだけはなった。
キノトは苦笑して、「落ち着きなさい。」と続けた。
「生きているとも。わたしが付いていながら、みすみすあの二人を死なせるとでも?」
自信に満ちた声音に、幸村も云われればなるほど、と頷く。
人智を越えた力を有する闇人・黒鳥。
其のキノトが従軍していた西軍が、万に一つでも総崩れだなどとは。
「誤解を生じたくないから云うけれど、西軍総崩れは真実だよ。味方が、あっさり寝返った。
アレは痛かったが、今其れを云うのは不毛だね。」
淡々と
キノトは関ヶ原の顛末を語った。
兼続と慶次は既に聞いているのか、静かに座っているだけだった。
追いつめられた西軍、逃げ場を無くした三成と左近。
二人を逃す為、キノトは可成り大きな術を行使したらしかった。
其の疲労が元で満足に動けず、しかし逃げた二人の身は危うく。
「其処でね、一つ妙案を炸裂させたのだよ。」
云いながら、顔を覆う布を外した、其の下から現れたのは。
「・・・三成殿!?」
「云われると思ったよ。」
「驚いただろう、幸村。私も慶次も、言葉を無くしたぞ。」
幸村の反応が満足だったらしい兼続が横から笑う。
キノトの素顔、其れは幸村の友・三成の其れに瓜二つ。
いや、そんなものでは済まされない、いっそ鏡か双子かというくらいだろうか、似ている。
「この顔だからこそ、練り上げられた妙策があった。おかげで三成は処刑を免れた。」
己と同じ顔、そして其れらしく演技することすら可能な影分身を作り出すこと。
キノトだけが使える、闇人の特殊な能力であった。
「そうだよ、処刑されたのはわたしの影。三成は無事だ。」
斯くして二人は逃亡生活を続けていたとのことであった。
「最初に云ったろう?此処は左近の隠れ家の一つ、と。最も、彼らが此処を使ったのは、
関ヶ原の戦後間もない時分だが。」
穏やかな、しかし不敵な微笑。
浮かべる表情は三成の其れとは全然違うのに、よく似通いすぎた・・・顔。
若干、キノトの方が髪の色素が濃く、肌が白く、そして眸の色が違うだろうか。
「わたしが不甲斐なかった所為で、お前に連絡できなくて済まなかったね。」
其の、美貌が謝罪する。
幸村は慌てた。
「い、いえそんな・・・お二人が生きているだけで、何よりで・・・」
「だけに留まらず、其れを策の一部に利用までしている。まるでお前が道化だ。済まない。」
「そんな、キノト殿・・・」
正座した膝の上、固く握りしめられた白い拳に、幸村は静かに触れた。
「あなたが、あの二人を救う為に奮戦して下さったのでしょう?そして、私の命も救って下さった。
私はあなたに感謝しています、どうか謝らないで下さい。」
其れは、偽らざる本心であった。
確かに、もっと早く知ることが出来たら、と思わないわけではない。
しかし、其のおかげでどうやらこの黒鳥は、徳川に一矢報いる奇策を打ち出せたようではないか。
先程、キノトは確かに云った、『策』だと。
自分が、三成の存命を知らないまま兼続と本気で殺し合い、そして慶次の前に散ったと、
其れが真実として世に広まっているのなら。
其れが、其れこそが黒鳥の奇策の布石であるのなら。
「何と、お礼を言ったらよいのかさえ分かりません、キノト殿。」
「・・・ありがとう。幸村は優しくて良い子だ。」
白い優しい掌が、そっと頭を撫でる。
魂を癒すようなその感触に、幸村は眼を閉じた。
どうやら、世間的には兼続も死んだことになっているらしい。
「友二人を死なせ、のうのうと生きてはいられない!とな。」
大阪の陣直後の秋。
上杉君主・景勝が血天井と化した兼続の部屋に踏み入った時既に。
「私に息は無かったのだぞ!!」
「本人が云っちゃあ、臨場感の欠片もありゃしないじゃないかい?」
大真面目に熱く語る兼続に、横から慶次が遠い目でツッコむ。
幸村は笑いながら、『直江兼続 自殺』の筋書きを聞いていた。
「其れも、キノト殿の術ですか?」
「ああ。と言っても、流石に兼続の影までは作り出せないからね。本人に死にかけてもらった。」
さらり、と。
トンデモ発言が飛び出した為、幸村の笑顔も盛大に引きつる。
「・・・え、あの、・・・死に??」
「一度息の根が仮に止まる術にかかってもらった。まあ、盛大に吹いた分の血は
兼続自身のものだがね。」
「なんだって云ってたっけかなぁ、キノト。ええと、あれか?相応量の血を流して・・・」
「仮に死んだ状態を作り出す。まあ、影に比べれば苦労のない術、というわけさ。」
改めて幸村は、闇人という一族の力を思い知った。
「絶対に死なない術だというのに、兼続ときたら大変だったのだよ?」
「そうそう、『私が死んだら、くれぐれも幸村と三成を頼む!』って、何度俺は頭を下げられたことか。」
「任されても慶次が困るし、第一そんな事態は起こらないと、何度も云ったというのに。」
「そうは云うがなキノト、致死量相当の血が必要と云われれば当然警戒はして然るべきだろう?」
呆れ顔の二人に対し、何処までも生真面目な顔で兼続は言い放つ。
其の、すったもんだの遣り取りが容易に想像できて、幸村は苦笑した。
「さあ幸村。もう一寝入りして体調を整えた方が良い。まだ傷は治っていないのだから。」
しばしの歓談の後、キノトがそう言って慶次と兼続に退室を促した。
「夕方には左近と三成が此処に来る。そうしたらまた、起こしてあげるから、お休み?」
「・・・はい。すみません、キノト殿。」
「すまなくなど無いさ。ゆっくり、養生しなさい。」
真っ白い掌が、そっと瞼を覆って。
程なく、心地良い睡魔に襲われて、幸村は眠りに堕ちた。
キノトが眠りの呪をかけた為であった。
夕方、到着した三成と左近は昏々と眠り続ける幸村の姿を見て。
其れが傷の所為だと早とちりした三成に、慶次はまたこっぴどく叱り飛ばされたという。
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