目覚めた時、目の前には見慣れない木目の天井が広がっていた。
古ぼけた其れを見遣り、幸村は小さく呟く。
「案外・・・地獄とは民家風なのだな・・・」
「こらこら、不謹慎なことを云ってはならないよ。」
直ぐ横から起こった、苦笑するような声音。
其の、耳慣れた響きに思わず跳ね起きようとして。
「っっっ!!??・・・・・・・・〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「ああほら、傷が開いたらどうする?おとなしくしなさい。」
全身に走った激痛に、幸村は声もなく、崩れ落ちた。
其の肩を、優しく押し止める人物の名は。
「キノト、殿・・・?」
「ああ、そうだよ。待っておいで、直ぐに兼続が来る。」
関ヶ原の戦後、杳として行方の知れなかった黒鳥・キノトが其処にいた。
セリフから察するに、どうやら兼続もいるらしい。
状況がさっぱり飲み込めず、途方に暮れた子犬の風情で幸村は辺りを見回した。
勿論、傷に障らないようにごくゆっくりと、である。
「ああ、心配要らない。ここは左近の隠れ家の一つだ。手入れに時間が可成りかかってね。」
気付いたキノトが穏やかに笑い、云う。
其れよりも聞きたいことがある、と。
幸村が唇を開きかけた時だった。
「どう考えても、もっと手加減できるだろう!」
「いやあ、すまん。何せあの幸村と本気で死合えるんだ、頭に血が上っちまってねぇ。」
わいのわいのと騒ぎつつ、近付いてくる声が、二つ。
「こら。お前たちの声の方が、傷に障りそうだよ。」
「すまないねぇキノト。どうも俺ぁ、声がでかすぎるようでいけない。」
「もっとちゃんと謝らないか、慶次!」
「いや、兼続お前の方が五月蠅い。」
カラリと障子を開けながら、キノトが招き入れたのは。
「慶次殿・・・兼続殿・・・」
「おお、目が醒めたか幸村!大事なさそうで何よりだ!!」
「兼続・・・これぁ、誰がどう見ても、大事ありまくりなんじゃないのかい?」
大阪城で、刃を交えた二人の姿が其処には在った。
勿論、兼続はなんとか説き伏せることが出来たのだが。
「悪ィ幸村!もうほんの少しでも、加減してやれれば良かったんだが・・・」
「どう、いう・・・ことですか?」
幸村の、傷の状態のことでも話しているのだろう、キノトと兼続は廊下で何やら話している。
枕元に腰を下ろすなり、慶次はそう言って深々と頭を下げた。
確かに
大阪城にて、幸村は慶次と闘い・・・負けた。
迷いが晴れたとは言え、慶次が本気で振るう一撃の重みは堪えた。
結句、倒れたのは自分。
だから死んだと、そう思っていたのに。
「あの戦の前日だ。キノトから、コイツが届いた。」
取り出されたのは、一通の書状だった。
慶次の云う『あの戦』が、大阪の陣を指していることなど直ぐに分かる。
その前日に?
「キノト殿、から?」
「ああ。幸村と手合わせするのは構わないが・・・何があっても殺すな、と。
しかし、俺に負けてもいけないと。」
「勝っても、負けても駄目、ですか?」
「手っ取り早く云うとそうなる。まあ其の、あれだ。」
腑に落ちない、と言う顔で、慶次はわしわしと頭を掻いた。
「勝つ気で、闘って良い。しかし殺すな。死んだという偽装が出来る程度に、痛めつけてくれ、と。」
どうやら、其れはなかなかに骨の折れることを要求されたようで。
そうでなくても慶次の性格上、キノトの頼みなら断れないのにこの内容。
承諾したくないけれど承諾せざるを得ず、その上難しい注文をされればこんな顔も無理はない。
「お疲れ様でした、慶次殿。」
なんと言っていいものか、どうにも痛む頭では纏まらなかったので。
ぎこちなく微笑んで、そう言ったら。
「云うようになったじゃないか。他人事のようにサラリと云ってくれる。」
微苦笑の慶次に軽くデコピンされたので、
「だって、他人事ですから。」
言い返したら、呵々大笑された。
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