生まれてから、死ぬまで



死した後でさえ



俺たちには、お互いしか居なかった





【 Frozen Dark Night - 紅イ蝶 - 】





幸村と政宗は、生まれたときからずっと仲の良い双子であった。
其れには、理由がある。


「「あ、松寿丸!!!」」

声を揃えて、同じ郷の子供に手を振っても。

「・・・・・・・・」

ふい、と、其の子供は踵を返し、逃げるように去って行って仕舞うばかり。
何時、誰に、どんな風に声を掛けても、手を振っても、其れは変わらなかった。

『友』と呼べるのが
仲良く遊べる相手が

互い同士しか、居なかったのだ。



其れでも
二人は、幸せだった。



「はい、梵天。」
「おいおい、花冠なんて女みたいなモン、良く作ったな弁丸。」
「弥三郎兄上が、作り方教えて下さったから。」
「早速challengか?器用だな。」

生まれ育った城の片隅、忘れ去られたような花園。
年中何かしらの花が咲き乱れる其の場所で、二人は飽きもせず遊び続けた。


二人が殊の外、仲が良かった理由が、もう一つ。

「弁丸。お前花冠作るとき、華の棘人差し指に刺しただろ、左手。」
「あ、うん・・・すまない、気をつけたのだが、つい。」
「まあいいさ。そんなに痛むワケじゃなし、お前だってそうだろ?」
「うん。」
「なら、良い。」

しゅんと項垂れる幸村の、頭を撫でる政宗の左手人差し指にも、棘を刺したような痕。

二人は、互いに痛みを共有し合う、特異な性質を持っていた。
とは言え、どちらかが命に関わるような大怪我をしたことも無く、ましてや、寄り添い合ってずっと生きてきた二人である。
痛みの共有は、互いの結びつきを強く感じさせるような気がして、政宗は愛おしくさえ思っていた。


思えば。

政宗は、ずっと、ずっと。

ただ幸村だけが愛しくて。

万物から切り離されたような境遇も

異質とも言うべき性質も

幸村に関連する事象なら、総て甘んじて

寧ろ、何処か喜びを感じ乍ら

成長したのかも、しれなかった。


其れは、『恋』と呼ぶには、あまりに禁じられた想いだったけれど






幼い頃。
こっそり夜更かししていた二人は、奇妙な光景に出くわした。

何時も朗らかな兄の弥三郎が、世界が終わったような顔で泣いていて。
優しい世話係の片倉は、沈痛な面持ちで俯いていて。
厳しくも、暖かくおおらかな父・信玄は、溢れる涙をこらえられない様子で、ぐしゃりと紙を握り潰していた。

「そんな・・・あいつらが、あの双子が、本当に?」
「殿、其れは誠で・・・?」
「・・・・・神官団より、正式に通達があった。」

 次 の “贄ノ儀” を 務 め る の は 、あ の 二 人 ・ ・ ・

(梵天、「にえのぎ」って・・・何?)
(知るかよ。けど・・・なんかきっとヤバイものなんだ。)

聞き慣れない言葉。
尋常ではない家族の様子。

問い質そうにも、夜更かしがバレて怒られるのは怖いし、何より。
翌朝のみんなの様子は、何時も通り、至って普通で。



“贄ノ儀”が何なのか、知ることも出来ないまま。


二人は、18の冬を迎えた。


「Shit!!今年の冬の寒さ、異常だぜ・・・」
「政宗兄者、そんな厚着してまだ寒いのでござるか!?」
「つか幸村!!お前のカッコが寒々しい!!!」
「ぎゃー!!」

政宗の氷のような手が、幸村の鎖骨の辺りに置かれたのである。
これは冷たい。

「あったけー・・・」
「つ、冷たいでござるーーーーー!!」

相変わらず、仲良しのままの二人は、待ち受ける悲劇も知らず、じゃれていた。


「そう言やお前、こないだ小十郎に怒られたって?何したんだよ。」

先日、偶然目撃した『泣きそうな顔の幸村と厳しい面持ちの片倉』をふと思い出し、
何の気無しに、政宗は幸村に尋ねた。
瞬間。
幸村から、笑顔が消え失せた。

「おい・・・」
「かすが殿に、会いに行っても無駄だと、言われただけでござる。」
「かすがに?ああ、そうかお前・・・」

かすがは、この郷一番の美少女で、気だても良く心優しく、憧れている男も少なくない存在だった。
唯一、この双子が手を振ったとき、小さく手を振り返して答えてくれた人でもあり、幸村も仄かな憧れを
抱いていたらしかった。
けれど。

「どう足掻いても、“双子”なのだから。かすが殿には、届かぬ、と。」
「そう、か・・・」

実のところ政宗は、随分前から幸村の気持ちは知っていた。
最初こそ、可愛い弟を取られたような、いや、其れ以上の強い嫉妬の念を抱いたが。
薄々、こうなることに気が付いて以来、そのまま放置・傍観する道を選んでいた。
たとえ片倉が止めずとも、かすがに拒絶されていただろう事も分かっていたし、そうなれば尚一層、幸村が愛しくて堪らなくなったから。

「いいじゃねえか・・・俺たちには、俺たちしか居ないんだよ、結局。」

慰める素振りで抱きしめる、其の存在が愛しいのだ。


政宗は、気付いていた。

肉親の情なんかじゃない、幸村が愛しい、愛している。

渦巻き続けてきた狂おしい感情の、其の名前。





悲劇の訪れは、年の瀬のことであった。
沈痛な面持ちの父に呼び出されたのは、雪のちらつく夜半のこと。

「お前たちは、今宵よりこの屋敷を離れ、水蛭子ノ社(みずひるこのやしろ)で暮らすことになった。」

唐突な、話過ぎた。

「父上、父上や兄上と離れて暮らせと?二人だけで!?」
「幸村よ、お前と政宗にそう勤めるよう、神宣が下ったのじゃ。」

水蛭子ノ社は、郷の外れに位置する、広大で陰気な社であった。
確かに、あれだけの建物があれば、不自由なく生活できるだろう。
けれど。

(・・・・胸騒ぎが、する。)

黙り込んだままの政宗は、訳もなく早鐘を打つ鼓動を感じていた。
何か。
良からぬ何かが、遠からず起きる、そんな不安が拭えない。

「支度をせい。直に神官団の迎えが来る。」
「父上!!」

悲痛な幸村の声を振り払い、信玄は去った。
父の側に控えていた兄・元親も、双子の方を見ずに退室していく。

双子は、何時になく無口で無表情な片倉に伴われ、社へ移る準備に取りかかったのだった。


奇妙だ、と。
政宗の予感は的中した。

「何で、着替えなきゃならないんだよ。」
「この時期に、禁域へと立ち入るのですよ、政宗様。清められた出で立ちでいらっしゃらなければ。」
「俺の白装束はいいさ。幸村の、紅い着物の理由は何なんだよ?!」
「清めの出で立ちですよ。」
「Shit・・・・・」

其れだけではないのが明白なのに、片倉は答えようとしない。
幸村は幸村で、いきなりの宣告がよほどショックだったのか、唇を噛み締めて俯いたままである。
そして政宗も、幸村と二人きりになれる喜びを押し潰して余りある不安に苛まれ、苛立っていた。


「迎えが・・・・」
「来た、か。」

騒然とするのではなく、ザワリと家中がどよめいた。
双子が、初めて目にした“神官団”は、一様に黒い装束を身に纏い、奇怪な面で顔を覆い隠した、恐ろしい集団以外の何者でもなかった。

「双子神子を、お迎えに上がった。」

抑揚のない言い方で、ただその一言。
家族へ別れの言葉も言わせてもらえず、双子は輿の中に押し込められた。


社に到着した時は、もう丑三つ時頃になっていただろう。
双子はそのまま、社の奥へ奥へと連れて行かれた。

辿り着いた、社の最深部は。

大きく口を開けた、底の見えない深い穴と。
其の前に、古ぼけた祭壇がしつらえられた、異様な場所だった。

「双子神子よ、只今より“贄ノ儀”を執り行っていただきたい。」

“贄ノ儀”。
忘れられるはずもない其れは、遠いあの日に家族が涙していた、あの言葉。

「郷のため、国のため、双子の弟君の命を、この“虚ろ”に捧げていただく。」
「なっ・・・」
「双子の兄君に、弟君を絞め殺し、亡骸を“虚ろ”へと放り投げてもらわなくてはならない。其れが、“贄ノ儀”。」

双子だけが、知らされていなかった、其れは忌まわしいこの郷の因習。
夜闇に紅く輝く蝶が舞う年、其の十二月の晦(つごもり)の頃、必ず行わなくてはならない儀式。

「行わなければ、巻き起こる災厄“大償い”によって、郷が、国が、闇に沈む。」
「護るため、長らえるため、双子の弟の命を“虚ろ”に。」
「兄の手で。」
「・・・ふっ、ざけんな!!!何で俺が幸村を殺さなくちゃ・・・」
「兄者。」

神官団に食って掛かった政宗を、幸村の静かな声が制した。

「俺は、覚悟したから。政宗兄者の手で葬られるのなら、悪くはない。」
「幸村・・・けど、お前、」
「良いでござる。父上や、元親兄者や小十郎たちが、幸せに暮らしてゆけるのなら。俺の命一つで、其れが叶うなら。」
微笑み、見上げる、其の視線。
瞬間、政宗の脳裏によぎったのは、暗い歓喜。

此の手で、幸村を。

其れは、永久に其の命を手に入れると言うこと。



両手を絡めた幸村の首は、非道く暖かかった。
力を込めれば、視線が絡む焦げ茶の瞳に、色濃く影を刺す苦痛。

伝わってくる。

首が痛い。息が出来ない。

幸村の味わうこの上ない苦痛が、政宗にも伝わってくるのだ。


「か、は・・・・・・」

ぎり、と、締め上げる力を強くすればするほど、其の苦痛が薄らいでいく。
彼岸が近いのだ。

あと少しで

あとすこしで

幸村の何もかもが、政宗の手に落ちる。



(兄者・・・・・)

閉ざされかけた視界の中で、幸村はただ政宗を見上げていた。
見たこともない無機質な形相で、首を締め上げる双子の兄。

(俺は、気が付いていました、兄者。あなたが人知れず抱えていた、其の想いに。)

其の、焦がれ見つめる視線が心地よかった。
伝えられない其の代わりに、兄の右目に左の手のひらをそっと這わす。

みし、みし、と、何かが壊れかけているような音が首から聞こえる・・・・そんな気がした。


おれは

おれたちは、

生まれてからこの方、ずっとずっと二人ぼっちで


ゴキィッッッッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

一際鈍い音と共に、幸村の首がねじ曲がる。
政宗が、頸椎をへし折ったのだった。

手を外せば、其処に。
羽根を広げた蝶に似た、手のひらの痕。

同じ痕が、政宗の首にも紅く紅く、焼き付いていた。

ふと、視界の右半分の異常な朱黒さに視線を落とせば、血に染まった幸村の左手。
見れば、事切れた幸村の、右目が潰れている。

(持って、逝けよ幸村。此の眼差しはただ、お前の為だけに。)

其の代わりに俺は、お前の総てを手に入れた。
愛しい愛しい、俺だけの、幸村。
俺だけの。

「・・・は、はは・・・ははははははははははっ、あはははははははははははっっっ・・・・・」

自然、込み上げる笑いは、歓喜か、嘲笑か。



“虚ろ”に投げ落とされる其の瞬間、幸村の亡骸の、纏った紅い着物が広がって。
まるで、闇に舞う特大の蝶のように・・・見えた。

紅い、蝶。
其の首に焼き付いた手のひらの痕。
闇に沈む振り袖の、紅い紅い残映。

幸村。
俺だけの幸村。
俺の蝶。

永劫、お前の総ては此の手の中に。

ひらりひらりと舞う蝶は、幸村、お前の魂なのか?


(双子の弟は、死を以て郷の礎となり)
(双子の兄は、生を以て禁域の守護者となる)


あれから、十年。

狂気に沈んだ政宗の魂も、閉じこめられたあの夜のまま。
あの夜死んだ幸村の魂も、闇に囚われ動けないまま。


何時か、奇跡のように訪れるのかもしれない未だ見ぬ夜明けを



呪われたあの場所で



ずっと・・・待ってる















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「零」のアンソロ漫画読んでいて見つけた、紅い蝶ネタ。
ごめ、読んだ瞬間BASARA変換で此のカプ出てきたよ・・・
これしかないと思って書き始めた話だったはず、なんだけど・・・ウフフフフ(脱兎)
二人とも怨霊化しちゃったよ!!射影機は何処!?(落ち着け)
ラスボスの怨霊伊達は、絶対手強いはず。特殊フィルムで大ダメージ!!
この話から脳内妄想大発展して、『BASARA − 紅い蝶 − 』とかいう、突拍子もないネタが浮かんだり。
この話から十年後の現代が舞台で、主人公は佐助と幸村(再婚した両親の連れ子同士で、同い年。扱い的には双子)。
この郷に旅行に来て、伊達と双子だった「幸村」にそっくりだった所為で幸村が連れて行かれて話が始まるの。
佐助は、射影機片手に怨霊と死闘。
郷の因習の解明と、幸村の捜索を進めながら、秘められていた驚愕の真相を暴いていく、そんな話。
(何の話してるのか、自分でもよく分かっていません)

てゆか。
・・・・・伊達と真田、双子て、似てないよ!!
後々脳内設定で、血のつながりがないことにしたけどさ!!(幸村拾われ子)
それにしても・・・ねえ・・・