こんな夢を見た。
三成は歩いていた。
刻限の分からない、しかし、夕闇が忍び寄るか、
さもなければまだ夜の明けきらない頃のような、薄い水色の世界。
足下ははっきりとせず、しかしながら些かの不安もない。
不思議だ、と思ったついでにもう一つ不思議なことに、左近が居ない。
何時も何時も、傍にいるといった左近が、居ない。
左近だけでなく、幸村も兼続も、誰の気配もない淡い世界。
なのに、恐怖感が全くなかったのも不思議といえば不思議だった。
どっどど どどうど どどうど どどう
不意に一陣、眼も開けていられないような突風が起こった。
砂埃が立たなかったのが幸いしたが、しかし風の勢いが尋常ではない。
両の腕で顔を庇うようにして、目をきつく閉じた。
やがて、風が止んだ。
さあ急がねば、と眼を開けると、其処に。
小さな背中があった。
いや、正確には傘にすっぽりと覆われているため、膝から下しか見えないのだが。
何物かの後ろ姿が、其処にはあった。
(何なのだ。)
怖くはない、しかし不審ではあった。
風に飛ばされたように現れた背中。
年端のゆかぬ子どもくらいの背丈だろう、足も細い。
にもかかわらず、広げられた傘は異様に大きくて。
雨も、降っていないのに広げられた其の雨傘は、闇のように・・・黒い。
構わず、歩き出そうとする。
と、其の背中も同じように歩き出す。
は、として足を止める
目の前の背中もぴたりと止まる。
(不愉快な・・・)
イライラと眉間に皺を寄せ、大股でつかつか歩き出せば、
目の前の背中はまたも、全く同じようにつかつかと歩き出す。
追い越してやろう、と小走りになれば、全く同じ速度で走り出す。
「・・・・ちっ。」
苛立って、舌打ちながら止まれば矢張り止まる。
其の、刹那だった。
<千年の後の世でも、戦は続いていると思うか?>
傘の向こうから、声がした。
何処かで聴いたような其の声、しかし苛立ちに任せて
「知らんな。」
つっけんどんに、一言。
云われた背中は何が面白いのか、低く笑ったようだった。
「何が可笑しい。」
鋭い声で、重ねて三成は言った。
どっどど どどうど どどうど どどう
また、突風が吹いた。正面から吹いてくる!
黒い傘が肉薄して、思わず顔を庇って目を瞑った。
ややあって、眼を開ければ
其処には 何も 無い
主を失った黒い傘がぽつねんと、転がっているばかり。
「・・・何だったのだ。」
ふくれっ面で、歩き出した
途端だった
目の前に
逆さ吊りの
白い顔 が 不意に 現れた
< いくさ は なくならん よ ...? >
目元は笑わず、唇の端だけにいっと歪めた奇怪な笑み
紛れもない其の顔は
三成、自身の・・・・・
「・・・・・の、殿!!!しっかりしてください!!」
「さこん・・・?」
心配そうに、左近が覗き込んでいる。
見慣れた風景、佐和山の城の自室であった。
「廊下に倒れていらしたんですよ。お加減はいかがですか、何処か痛いところは?」
「・・・厭な夢を見た。」
左近の質問にはっきりとは答えず、鈍く芯の痛む頭を押さえて三成は答える。
先ほど醒めたばかりというのに、もう其の輪郭は朧な、悪夢。
早鐘を打つ心臓だけが、恐怖の余韻を物語っていた。
「支離滅裂だ。少しも怖くなど無いのに薄気味悪い。得体が知れない。」
「・・・お疲れで、いらっしゃるんでしょう。連日の猛暑に加えての激務です。
もともと、殿はそんなに頑丈に出来ちゃ居ないんですからね。」
不機嫌剥き出しの三成を、優しく宥める声、そして掌。
云われれば確かに、疲れていたのかも知れないと、思う。
「自覚はおありでしょ?今日このあとは、休んだらどうです?」
「そうする。が・・・もう変な夢は御免だ。」
嗚呼、まだ胸の辺りに不快感が蟠っている。
珍しく、左近の言う通りに従った三成を、等の左近本人は吃驚したような眼で見つめたが。
「そうですか。じゃあ・・・聞き分けの良い殿に、ご褒美です。」
甘い声で囁いて、額に唇を押しつけた。
「悪い夢を見ないよう、おまじないです。」
「・・・・其れだけでは、効かん。」
「言われると思いましたよ。」
笑う左近に、仏頂面で返したら
ふわりと腕の中に抱き込まれ、かるく口づけられた。
「これで、完璧です。」
優しい声にうとうとしながらも、
「・・・まあ、これなら大丈夫そうかも知れんな。」
最後に唇から零れたのは、そんな憎まれ口。
そのまま垂直に眠りに落ちた三成に、左近は。
「ゆっくり、休んで下さい。」
小さく呟いて、もう一度口づけを落とした。
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突発的に思いついた怖い話系(何其れ)
風の吹く音が風の又三郎ですごめんなさい。
そして微妙に、学校の怪談に元ネタがあるような話です。
とりあえず、甲府は連日の猛暑で死にそうなんですよー・・・みたいな。
あんまり上手くおとせていないです。