強く抱いて

其の、紅蓮の腕(かいな)で

強く抱いて

久遠の闇が拭われるまで






【 火蓮 】





夜陰に紛れて去っていく、其の後ろ姿を追った。


初秋の夜半。
眠れずに縁側に出た幸村は、ふと人の気配に耳をそばだてた。
こんな時分である。何者であろうか、と。

正体は程なく知れた。
武田が誇る嬌艶の闇軍師・山本勘助が、努めて足音を消すようにして、楚々と。
月下、外へと出て行くのを見つけたのである。

正直、“こっそりつける”などという行為は、許されるものではないと分かってはいた。
けれど、何よりも好奇心が勝ってしまう。

(軍師殿、斯様な夜半に、どちらへ??)

と思えば思うほど、足は静かに其の後ろ姿を追っていた。
そもそも、『下』から出て歩いていること自体が稀な勘助である。
幸村の好奇心も、致し方のないことであった。


躑躅ヶ崎の館から、少し下った先。
山から下りてきた清流が、緩やかになる其の付近に、勘助は佇んでいた。
気配を悟られない程度離れた所から、幸村はただ勘助を凝視する。

(こんな所で、何を?)

見れば今更気が付いたのだが、勘助が身に纏っているのは質素な麻の薄もの一枚で。
よくよく目を凝らせば、彼の人は大きめの岩に手をついて、なにやら作業をしている様子。
ややあって。
勘助の、十六夜月の逆光で影のようになった其の背筋が伸びる。
右手に何か、大きくて重そうなものを持っているのだが。

(今し方までは・・・いや、少なくとも屋敷を出る際に、あのようなものはお持ちでなかった。)

一体何なのかと訝しがる幸村を余所に、小柄な影が遠離っていく。
慌てて、追いかけようとした瞬間、息を呑んだ。

不自由そうにひょこ、ひょこ、と。
手をつき、岩をつたいながら移動していく勘助。
・・・・・右足が、無い。
此処へ来て幸村は漸く、先程勘助が持っていた『何か』が何であったのか、合点がいった。
義足、であったのだ、と。
ならば此処へ来た目的も一つしかない。

水浴びだ。


小魚が跳ねるような音がし始め、勘助の気配がやや遠のく。
川縁の岩の蔭、そう、確か此の辺りに勘助は義足を置いたはず。
見当をつけて少し探したら、あっさり其れは見つかった。

足の先の方が、丸く作られた特殊な義足。
こんな不安定そうな足で、よくぞあの人は、俊敏に飛び回れるものだと思う。
鋼の其れの横には、丁寧に畳まれた手拭い。
髪を拭く為のものであろう。
そして、其の上に。

(これは・・・・・)

見覚えのあるリボンだと、幸村は思った。
色合いと言い、長さと言い、何処かで見たことがあるような、無いような。

「・・・あ。」

思い当たり、小さく声を上げてしまう。
刹那、弾かれたように上がる盛大な水音。

「・・・幸村!?」

川の中から、月光真珠を纏った紫水晶が、困惑と動揺の視線で此方を見ていた。
其の、繊細な左手で覆われた、顔の左半分。
もしやと思ったことが、やはり的中だった。
平生、髪を結い纏め、顔左半分を隠している其のリボンであった。
其処に思い当たったよりも何よりも、意識を支配した光景は。
目が、眩むようだった。

纏められていない髪はさらりと流れ、顔を縁取り肩へと落ちている。
薄手の衣が水を吸って、細い体の線に沿い、くっきりと其の陰影を浮かび上がらせていた。
何としてでも左目を見せまいと、繊細な左手で顔を覆い。
もう片方の手を岩につき、不安定な躰の平衡を保ちつつ、凛と。
上体を水面から出し、幸村を見据える姿の美しさ、艶めかしさ。

月から降りたもうた、嫦娥の如き、絶美。


「!?何を考えている、幸村、来るな!」

制止の声ももう届かない。
頑なに隠そうとする、其の左目を見てみたくて。
衝動を抑えられなかった。

相手が自由に動けないのを良いことに、一直線に川の中へと。
勘助は慌てて退路を探すが、姿勢がいかんせん悪すぎる。
逃げよう、と、岩から右手を離した其の刹那、伸ばされた幸村の腕に捉えられた。

「莫迦者、離れろ、手を離せ!」

焦りの滲んだ声が、唸る鞭の鋭さで言うけれど。
華奢な腰に回した右腕も、か細い右手首を捉えた左腕も、力を弱めるつもりは毛頭無い。

「軍師殿、何故其処まで頑なに隠そうとなさる!?」
「此の左目は、呪われて光の失せた穢れの目!迂闊に見たら、どうなるか分からぬからだ!」
「呪詛の穢れが、降りかかるとでも?」
「そういうことだ。呪われたくなくば、離れろ!」
「否でごさる。」
「幸村!!」
「あなたと同じ闇に堕ちるのならば、某は本望にござる。」
「気でも触れたか幸む・・・・ぅあっっ!!」

白いかんばせが、苦痛に歪む。
幸村が、其の左手で捉えた勘助の右手首を、渾身の力で握りしめたからである。
瞬間、離してなるものかと顔を覆っていた手から、力が抜ける。
幸村の狙いはこれであった。

「軍師殿、失礼!!」

暴れる躰を右腕一本で押さえ込み、必死で顔を隠そうとしている細い手を引きはがす。

「見るな・・・・・・!!」

藻掻く細い左腕を、躰を捉える自分の右手で捕まえて。
其れでもじたばたと藻掻き続ける様は、まるで漁師に捉えられた鮫のよう。

「度重ねる狼藉、お許し下され。」
「ちょ、幸村其れは言葉が変・・・っっっっ!!!」

こんな事態なのに、其れでもあなたは昔のように。
優しさとも、天然呆けともつかない言葉に微苦笑しながらも、幸村の行動は非道く手荒なモノで。

華奢な勘助の躰を、先程勘助が右手をついていたあの岩へ、殆ど叩きつけるように押し倒したのである。
勘助の息が、一瞬止まったのも無理はない。
抵抗を忘れた勘助の両手は、敢え無く幸村の右腕に絡め取られ、頭上に縫い止められてしまう。
息が詰まっている所為で、顔も背けられない勘助の、かんばせを覆う長い髪がそっと拭われていく・・・。

瞬間。
幸村の目に入ってきたのは、蒼く刻む不可解な刻印。
けれど、せめてもの拒絶のつもりか、堅く双眸は閉ざされている。

「目を・・・開けて下され、軍師殿。」

耳元で低く言うが、もう拒否の言葉さえ返ってこない。
ただ、いやいやと力無く頭を振るばかり。
髪から零れた雫が、其の度に幾筋も白い顔を伝う。
あまりにも、あえかな其の姿。
これが、あの嬌艶の闇軍師かと。
否、このかそけさこそが寧ろ真の嬌艶か。

背筋を這い昇る官能に、理性を乱打されて。

本能の赴くまま、駆り立てられるまま、幸村は。

麗貌を流れ落ちる雫を、舐め取った。
其の所作は、月下に冴え冴えと蒼い刺青の痣に、舌を這わせるのと同義であった。

「っっ!?」

何よりも忌み疎んじてきた箇所への、予想外の接触に、勘助は思わず目を瞠った。
驚愕に見開かれた其の瞳を見て、幸村は笑う。
けれど其れは、勘助が見慣れたあの無邪気であどけなさの残る笑顔ではなく。

「斯様に、綺麗でいらっしゃるものを・・・。隠すのは、もったいのうございますぞ。」

野生の猛獣のような力強さ、逞しさと、若武者らしい凛々しさの混在した、
精悍な笑みであった。



ああ、あの子供は一体何時の間に、こんなに成長したのか。



脳裏をちらと掠めたのは、そんな場違いな感嘆。










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珍しく、破月としては色気出して頑張った・・・
勘助は、うちのサイトに於けるBASARA最大のアビスなんで、お館様とくっついて居るんですが
其れ以外の男も落としまくりです(滝汗)
内藤を筆頭に、こじゅとか慶次とか・・・竹中、とか(埋まってしまえ)

気が付いたら、幸村がガンガン攻めだしていて、我に返って焦りました。
莫迦でー・・

地元民のクセして、地理はまるごと無視。