「綺麗な顔して、やるじゃないですか。」
其れは、明くる日の戦場。
涼しい顔で100人撃破した元親の耳に届いた声だった。
振り返れば、何時から其処にいたのか。
がっしりとした体つきの、左頬に傷のある黒髪の男が、いた。
「誰だ。」
「牢人の島左近。先程からあんたの戦ぶりを見せてもらっていたんだが・・・
なかなか、やるなと思ったんでね。」
「其れだけのことで、先ず知らずの人間に声を掛けることはないだろう。」
見抜かれていたとはね。左近は苦笑した。
「参ったな、野郎相手に言いたいことじゃないから、気付かなければいいと思っていたんだが。」
「四の五の言わず、用件を言ったらどうだ。」
戦の最中だろうが。元親は呆れたように息を吐く。
左近はお手上げ、と肩を竦めた。
「アンタの武に惚れた。良ければ今後、行動を共にさせてもらいたい。」
「だったらついてくればいい。共に時代を凄絶に意志していく覚悟があるならばな。」
あっさり。
元親は首を縦に振った。
あんなことを言っておきながら、実はあの手この手で説得するつもりで居た左近は盛大にずっこける。
「ちょ、良いんですかィそんなあっさり。」
「敵の策であることを疑え、と言いたいのか。」
「ま、そんなところですが・・・分かっているなら、余計に何故。」
まだ無名ながら、軍略に関しては其の辺りの大名より詳しい左近である。
無知故の行動ならいざ知らず、分かっていて即答した元親の、真意が知りたかった。
「簡単な話だ。無名の傭兵に過ぎない俺を策に嵌める理由がない。」
「成る程、道理ですな。」
この男、武だけではない。左近は確信した。
「ますます以て、ついていきたい御仁だ。」
「だから来ればいいと言っている。丁度的援軍が来たらしい、お前の腕前を見せてもらおう。」
「では。お手並み、披露させてもらうとしましょう。」
軽々、大剣を担ぎ上げて背を向けた左近が、思い出したように振り返る。
「アンタ、名は。」
「長宗我部 元親。」
ふわり、微笑んだ顔は吃驚するほど綺麗で。
これが、後に。
『浅井軍 小一時間ほど問い詰め隊』の猛将二人として恐れられることになるとは
誰も知らなかった戦国乱世の始まりの頃の、話。
「で?アンタみたいな美人が、何だって戦場に?」
「武家の長子として生まれた以上、闘わずしてどうする。」
「そうですけどねえ・・・。」
戦闘終了後。
根無し草の傭兵が二人、長閑な町を歩きながらモダモダしている。
一人は如何にも武人らしい、黒髪の精悍な男。
もう一人は・・・
三味線を携えた、線の細い、蒼銀色の髪の美丈夫。
「武器がソレって、どうなんですよ。」
「音波を笑う者は、音波に泣くぞ。」
「笑ってませんし泣きませんって。つか話逸れてるんですけど。」
「俺が闘う理由、だったな。」
ふ・・・と。
意味ありげな笑いを、元親は浮かべるものだから。
あああ、これひょっとして何か凄い理由でもあるんだろうかと、左近は心配したのだが。
「宝珠だ。」
「・・・・・・・・・は?」
「気に入った宝珠がなかなか取れんので、腕試しがてら宝珠狩りをするつもりで来た。」
盛大に
左近は転けた。
元親は涼しい顔で見下ろしている。
「・・・そんな、理由で?」
「死活問題だ。」
本気だ、この人本気だ。
左近は心に刻み込んだ。この人にはツッコミが居ないと。
そして多分、其れオレが務めなきゃならないんだろうな、この先。
修羅の宝珠とか有っても微妙・・・などとブチブチ言い続けている元親の横で。
心密かに決意した、左近の悪い思い出。