嗚呼、私たちはこの時代に

生き急ぎ、死に急いで、足掻きに足掻いて


でも


「「其れを、無様だなどとは・・・思わない。」」





秋本番を迎え、夜空は高く澄んでいた。

「月、か。」

小さな窓から其れを見上げて、眩しそうに三成は呟いた。
明日、処刑される身としては甚だ・・・落ち着き払った態度であった。

「不思議なものだな。こんなときになって・・・
 思い出すのはお前の言葉ばかりだ。月まで其れに拍車をかける。」

遠い友を思うと、自然、唇の端に笑みが浮かんだ。

『三成殿はあの月に似ています。』

大真面目に、そう面と向かって言い切った。
真っ直ぐすぎる男だった。
自分の立ち位置を見失って、足掻いて藻掻いて其れでも生きていた。

『あなたのおかげで・・・私はこの命の意味をもう一度、知ることが出来たのです。』

黒曜石の眸に、偽りのない思いを何時も煌めかせて、
ただ、三成を見つめていた、彼。

深紅の。

「俺は。」

届かぬと。
知っていながら其れでも、紡がずにはいられなかった。

真っ直ぐなあの言葉に応えなかった
そしてもう二度と答えられない此の身だから

月の光が等しく万物に降り注いでいるというのなら
己に似た其の光が届けば其れで、其れだけで


「お前の存在に助けられていたよ。お前が俺に、そう言ってくれたように。
 伝えられず逝くことを赦してくれ。そして我が侭ついでにもう一つ・・・
 どうか俺のことを、俺の志を、お前は覚えていてくれ。」

頼む。
言葉をなぞればなぞるほどに
涙が止まらなくなった。





・・・彼のことを思い出すのは、何時も決まって。

例えば、怜悧な月を見上げた瞬間。
例えば、冬の日の明け方の風の中。

彼の人の魂の如く、清冽な何かに包まれた瞬間だ。

「っつ・・・・」

などとぼんやり考え事をしていたら、どうやら其の辺りに飛び出していた何かに引っかけたらしい。
手の甲に、薄くかすり傷が出来ていた。
幸村は、らしからぬ己の失態に苦笑した。

「笑われて、仕舞いますね。」

誰に、なんて
いちいち言葉に出さなくても。

『まったく・・・戦場の修羅が平生は此の様とは。
 見せてみろ、ほら。』

そんな言葉まで、簡単に思い浮かべられる。
もう此処にいない人。
秋と共に去り、永遠の冬に眠る人。

季節が巡るように、此の思いも氷り、凍てつき、眠るものであったなら。
或いは此の、冬の哀しい風の音に、彼の人の名を、声を、思い出さずに済んだかも知れないのに。
確かに其処に在ったはずの絆と理想ばかりが息絶えて、残されたモノたちは一体どうすればいい?

「あなたがいなくなっても・・・此の世は巡るのですね。」

すっかり冬の装いになった景観を見遣り、幸村はポツリと呟いた。
此の世界の至極当然な流れすら、疎ましく感じられた。

「生きたい、と。私にそんな思いを生じさせたのはあなただというのに。
 そのあなたを亡くして、其れでも生きなければならない私は、」

其の、先は。
言葉に乗せることが出来ず、しゃがみ込んだ。
彼の人の名を、心の中で呼びながら。

ただ此の想いを抱えて、生きて逝くのだ、と。
零れる涙を抑えるため、己に言い聞かせた。






此の時代に
生き急ぎ散り急いだ欠片達は、其の想いは
何処へ流れるというのだろうか。

生きる者に分かるのはただ、其れらがとても緋く、激しい何かであった気がする、という
朧な感触ばかり。

其れでも


「「此の生き様を、無様だとは思わない。」」