[ 神呪い・・・というモノを知っているか? ]

血染めの旗のような髪が、無風の中に翻る。
其の男にまとわりついていたのは、呪わしいまでの血の臭い。

[ お前も、其処に堕ちるがいいさ。 ]

軽く、子供が花でも手折るように
放たれた言ノ葉は、紛れもない永劫の呪詛






【 紫水晶の天秤 】





――――― 其れは、忌まわしい記憶の、切れ端

爪痕のような三日月とと

銀雪に閉ざされた風景

此の魂が、人としての道を外れたのは


忘れるはずもない、あの銀闇の中




暗い紅に濁った三日月が照らす、白銀の大地。
雪を纏った冬の木々の影は、魔のモノの指のように絡み合って黙している。

静寂を揺らすのは、雫が滴るような微かな音だけ。

鮮赤の雫が、白い指を伝って落ちる音だけ。



[ 面白ぇ・・・今の一閃をかわすようなヤツが居るとはな。 ]

ややあって
心底愉悦に満ちた気色を隠そうともせず、男が笑った。
硬質な長い髪は目の醒めるような朱色、其れを背中に流した、異国の騎士。
否、騎士と呼んでも良いのだろうか?
闘うことの快楽に堕ちた、殺戮者と呼んだ方が正しいかも知れないほどの、狂相。
にたり、と笑いながら男は、西洋軍刀をゆらりと構えた。

[ あの“破滅”じゃなかったが・・・こいつは楽しくなりそうだ。 ]

冷酷な深紅の眸が笑う。




(何者だ・・・)

突如潰された左眼を押さえたまま、彼は必死に思考した。


何処かの大名の子飼いの兵ではないだろう。
あの甲冑、あの劔、どれをとってもこの国のものとは思えない。
海の向こうの何処かの国が、密かに侵攻を企ててでも居て、其の先兵なのだろうか。
そうだとしても、何故独りでこんな海から離れた場所にいるのだろうか。

(其れに・・・今し方の現れ方。まるで闇から湧いたかのような・・・)

とすれば、忍なのか。
あれ程目立つ成りで忍び参るも何もなさそうではあるが、しかし。

(どう・・・すれば・・・)

背筋が凍るほど美しい白い顔には何も浮かべず、彼・・・
山本勘助は、ひたすらに思考を巡らせていた。

耳の下あたりで短く整えられている桜の古木色の髪が、流れる血で頬に張り付いていた。



其処で 唐突に 記憶は途切れる...



(いや、途切れてなどいないか・・・)

そうだ、ただ思い出したくないだけだ。


あれから、もう二十年は過ぎただろうか。
細い三日月が空に懸かる夜、今尚勘助の記憶の傷は抉られる。



[ お前も、其処に堕ちるがいいさ。 ]

云いながら
突きつけられた西洋軍刀
血塗れた刃が、潰された左眼をなぞるように、舞う

[ 赦されざる刻(トキ)を漂って、流離って、神を憎め。俺を呪え。 ]

お前も堕ちれば、俺が楽しくなるからな。


闇色の笑みを浮かべ、“深緋の戦鬼”は姿を消した。


神呪い
絶対神たるいとけなき女神に逆らいしモノたち
償うことの出来ない罪に、堕ちた魂たち
此処ではない何処かの異界を彷徨い続ける、呪われしモノたち

男は、其の永劫続く無聊を慰める為だけに、勘助の眼を潰し、呪いを残して消えた。
こびりついた血を洗い流した時には既に、蒼く刻む刺青のような刻印は焼き付いていた。
潰されたはずの眼は、奇怪なことに視力を失ってはおらず、ただ光彩だけは完全に色を失って水銀色に染まっていた。


おそらくは
そのようなモノに呪われた以上、勘助ももう逃げられないのは明白で
ただ、勘助は絶対に、堕ちることは出来ない

「とうの昔に、呪うべき神など見失ったというのに。」

ならば、此の左目に刻まれた刺青は一体何の意味があるというのか?
縛されたまま、何時朽ちるかも知れない闇に繋がれた魂は何処へ流れればいい?

呪いを刻まれて以来、常人で考えられないほどの自己治癒力が此の躰には備わった。
首から上など、如何なる傷をも完治させてしまうほど。


嗚呼、とうとう人の道を無くしたか。


天を仰ぎ、深い溜息を吐く。
終わるはずの寿命。
尽きるはずの命。
其れは、失った正しき魂の姿。

けれど




「どうした勘助。三日月の月見か?」

威厳と慈しみに満ちた、愛しい声が呼ぶ。



きっと、呪われたのは貴方の悲願を果たす為。

だとすれば斯様に蝕まれ、生きる道も悪くはない。


「はい。今宵は一段と冷えておりますが、月がきれいで。」


救済を与えてくれた最愛の人を

二十年前と変わらない、背筋が凍るほど美しい微笑で、勘助は振り返った。













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危険人物な深緋のにーちゃんが、やらかしてくれました。
この人は元々オリジナル詩の方で設定したキャラで、確か聖騎士団の筆頭だったのだけれど、
親友を目の前で亡くして、忠誠を誓った絶対神を呪った・・・という人でした
(魔物の返り血を浴びた親友が、其の魔物から護った村人に火炙りに
されたとか何とか、救えない裏話を考えていた気が)
で、神が下した罰により、この様な戦莫迦になって彷徨っているわけです(戦莫迦云うな)
だから持ってるの、西洋軍刀(サーベル)なんですよ。

最初勘助の呪いは、侍に虐殺された村人によるもので、
其の村というのが古代から続くカンナギの村だった・・・とか考えていたんですが。
何か気が付いたら、このにーちゃんが不自然に手を滑らせてくれていたわけです。

最近の破月は、どんどんどうしようもない方向に流れている気がします(自分何今更)