目が醒めた時

視界には一面の青空・・・



蒼穹のように美しい碧い肌をした


うつくしい ひとが ...泣いていた






【楽園前奏曲〜武神の彷徨と水晶の魔神〜】








<・・・昔、あるところに
 
 何もかもを喪くした独りの武神が居た

 誇り高き戦神は、しかしながら喪失の痛みに耐えかねて

 ヒトとしての領分を侵せば、降りかかるのは厄災のみと知りながら

 吹き消された魂を呼び戻す禁断の秘術を求めた・・・>









吹き荒ぶ荒野の風と
灼けつくような高原の陽光が
一頭の馬を伴った、彷徨の武神の行く手を阻む
散らばる岩と
突風に舞い上がる砂礫を乗り越えて
彼はひたと、“其の場所”を目指した・・・



『幻の水晶、求めはったらどうどす?』

虚脱のままに人波を流離っていた折り
其の様に囁いてきたのは確か、出雲から来たと自称する艶やかな巫女だったか。

『いにしえ、偉い女神様が願いを叶える魔神を捉えて、封じはったいう話どすえ。
 水晶を得た者の願いを、三つかなえてくれる言う話どすけど?』

其の様な言葉に続けて、二言、三言。
武神は、薄暗い路地裏にて彼女と交渉し、どうにか其の水晶の在処を聞き出した。
彼女が言うには、

『丑虎の方に、お山がありますやろ?其処の崖にある洞窟の奥に、いてはります。』

とのこと。
願い事を一つ譲るという条件で、武神は其の山へと踏み出した・・・




<負け戦を喫した身であっても
 武神は主君を、仲間を求めた
 共に戦場を駈けた、最愛の娘を求めた
 彼らが望まずとも、魔神の力を使っても
 いっそ此の灼けたような喪失が癒えさえすれば
 焦がれるように求めて彼は、ひた進んだ>



『うち、足悪くしてしもて・・・うちの代わりに、行っとくれやす。』


勧進行脚の最中、片足を悪くしたという巫女の代わりに
武神は迷うことなく山を登り、洞窟の中へと踏み入った





<彼を出迎えたのは
 万物を拒むかのような真の暗闇に閉ざされた世界
 隙間など無いはずの岩壁から
 吹き付けてくる、其の冷たい息吹は
 人智を越えた力を欲する者への
 無言の、警告か・・・其れとも ...>



巫女の言う『魔神を閉じ込めたる水晶』は、其の闇の奥に、凛と。
彼の訪れを知っていたかのように・・・無論、其れは武神が其の様に感じただけに過ぎないのだが・・・
揺らめく焔の輝きを受けて、佇んで、居た。
其の薄氷色とも、蒼白ともつかない煌めきは、正しく望んだ力の証に見えて。
堅く引き結ばれた武神の唇から、軽く吐息が零れた程。
見れば、其の水晶は其処に生じているのではなく、誰かが設えたのだろう粗末な古い祭壇に、無造作に置かれている。
乾いた血のような紅い文字で、何やら書き付けがしてある無数の黄ばんだ紙が、神々しい水晶を幾重に閉じ込めていた。
躊躇いも恐れもなく、武神が其れを手に取った瞬間・・・


如何な、仕掛けが施してあったのか

封印の洞窟自体が・・・崩れ落ちた・・・・・






< わすれもの は ・・・ありません、か ? >





嗚呼、拙者は死んだのか。
不思議に暖かい闇の中、武神は己の末路を嗤った。
無様に生き恥をさらし、ヒトとして踏み外してはならぬモノも弁えず
そしてついには、斯様なところで土砂に埋もれて死んだか

と、思えば
最早嘆きの涙も尽き果てた身、乾く笑いは己への嘲笑ばかり。


と。

頬を優しく風が掠め、何やら花の香のする其れの向こうから
懐かしく、愛しい・・・聲がする .....


(父上・・・父上・・・!)


嗚呼、此は幻聴なのか。
彼の日、霧に微睡む天下分け目の戦場で
永久に喪われたはずの・・・最愛の娘の聲が、する .....



(なりませぬ、父上。貴方は未だ、此方に来ては・・・)

何故だ。武神は問うた。
殿もお前も亡くした世になど、拙者に生きる理由は・・・
言いかける武神を、娘は悲しそうに宥める。

(父上。確かに、稲は死にました。殿も此方にいらっしゃる。けれど・・・父上には未だ、やり残したことがあるはず。)

暗い暗い闇の中、懐かしく愛しい聲は、重ねて言った。

(喪われた者の為になど、祈らないで下さい。父上・・・今貴方の目の前にある者を・・・見つめて・・・)


夜半の雨が花を散らすように
最愛の聲が遠離る。
けれど、では、何故・・・

此の頬に、額に、心地良い温もりを感じるのか・・・




目が醒めれば、其処は岩と砂礫の高原。
目前には蒼穹が・・・否、蒼穹の如き美しい肌をした異形の麗人が、独り。
武神を抱きしめ、泣いて・・・微笑んで、居た。
暁闇が染め上げたような暗い赤の髪をなびかせ、麗人は静かに露草の唇を開いた。


「いにしえ、我は或る罪を犯した。唯一の主と仰いだ者を守れず、徒に戦禍を広げた。
 天命の監視者たる女神は其れをいたく怒り・・・我を閉じ込めた。
 以来幾年月過ぎたのか知らぬが・・・我を出してくれたのは、うぬか。」

月光、否寧ろ月光さえも恥じらうであろう麗人の問いに、武神は微かな頷きで返す。
其れは、彼が此まで生きて、目の当たりにしてきたものの中で、最も美しい存在であった。
願いなど、一瞬で何処かに吹き飛ばされて消えた。
其れ程までに・・・目を、心を、奪われた。

「なれば願いを言うがよい。叶えよう、うぬの望むがままに。」

其れは即ち、この麗人が水晶に閉じ込められていた魔神であることを示す。
されど、武神は。

麗人の口元に浮かんだ、切ない諦観の微笑に・・・心を奪われて、いた。



嗚呼・・・この美しき神は、何を嘆き・・・何を諦めているのか。


「・・・拙者の。」
「うん?」

重々しく唇を開いた武神の、快い低音に聞き入るようにして。
麗人は僅か、首を傾げる。
そんな些細な行動の全てが、武神の眼を、魂を、攫う。

「願いを三つ、聞き入れたら・・・そなたはどうなる?」
「・・・知れた、事。」

麗人は哀しそうに笑い、続けた。

「再び、幾年月巡るとも知れぬ眠りに就くのみ。うぬが気にすることではない。」

そんな
無関心とも傲然ともつかぬ事を言い乍ら
押さえきれない程の哀しみに、薄氷色の眸が揺らぐ。

嗚呼、この神は。
今まで幾度か其の眠りを、封じを解き放たれて。
其の度に、願いを叶えては再び封じられてきたのだ。

彼の・・・冷たく暗い闇の下へ。

幾千の孤独に震え乍ら。


「さあ、願いを。」

繰り返す麗人。されど、武神は。


(斯様な罰を・・・もう、良かろう、女神・・・!!)

心の内に、そう呟いて。

数多の痛みと慕情を潜めた、麗人の眸を見据えて。


「拙者は・・・」





彼は、願った。

喪われた全ての為にではなく

唯、目の前に舞い降りた孤独な藍玉の為に。







吹き荒ぶ荒野の風と
灼けつくような高原の陽光が
歩き出した二つの影の、行く手を阻む。
動き始めた物語、始まった旅。

武神の道連れは、二頭の馬と。


「・・・うぬの名を知らぬ。」
「そう言えば、未だ名乗っていなかったか。」
「ああ。」
「拙者は忠勝、本多平八郎忠勝。」
「・・・風魔、小太郎。」


暁闇の髪をした

藍玉の風が独り。













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元ネタは『魔法使いサラバンド』(Sound Horizon)。
オンリーの帰りにネタの神が落としていってくれました。
ぶっちゃけ一週間もかかっているわけで、パロなのに。
でもまあいいか、書いてて楽しかったから(をい)

しっかし。
サコミツ以外、センムソ2はパロしか書けない呪いでしょうか?(含地下室)
取り敢えず『ROMAN』がたのしみです。