記憶の中にある其の横顔と

今、直ぐ傍らで俯いて、書に目を落としている横顔と

寸分違わない其のかんばせは

非道く、優しい





【 少年の日の想い出 】




書を読んでいる勘助の隣に、手持ちぶさたに座っているときだけ。
幸村は、異様に静かだ。

「鍛錬は終わったのか?」
「はい。佐助が、面白い饅頭を見つけたから、持ってきてくれると言っておりました。」
「そうか。」

珍しい、小春日和の縁側は暖かい。
佐助が来るまで、特にすることもないので。
幸村は、ぼんやりと勘助の横顔を眺めていた。


ややあって。

「・・・穴でも開ける気か。」

煩わしくでもなったのか、幸村の方は見ずに、勘助が低く言う。
気が付かれていたことに驚いて、幸村は飛び上がる程仰天した。

「お、お気づきで!?」
「誰でも気が付く。」
「あ、あの某、もしやお邪魔を・・・」

おろおろと。
まるで頭のてっぺんに見えない犬の耳があって、それがへたりと垂れ下がったような風情で
幸村が言うものだから。

「あまりな、ジロジロ見られるのは、気持ちの良いものではない。」

書を閉じ、顔を上げて、視線を合わせれば。

「・・・どうした?」
「本当に・・・軍師殿は、お変わり無い。」

きょとんとしたようなマヌケ面の直後、其れこそ昔と変わらない、あどけない笑顔が咲いた。




其れは、まだ幸村が引き取られたばかりの頃。
戦で父親を失い、あんまりにも其れが哀しすぎた幸村は、日中は元気でいるものの
夜になると度々泣き出しては、庭に出てしばらく空を見ていることがしばしばあった。
そして、当時の勘助は。
・・・外見と同様、大抵地下拷問部屋に引きこもり、書を読んだり片手間に細工などを作って
みせたりと、今と変わらない生活をしていた。

そんな勘助が、珍しく外を出歩いていたとき。

「ああ・・・恐い夢を見て、泣きべそをかいているお前を見つけたことがあったな。」
「う、あ、あのときは、本当に恐くて・・・」
「だろうな。父親からの話を聞いた程度しか面識のない拙僧に、飛びついてきたくらい恐かった
 のだろう?」
「い、意地悪でござる!!」

と幸村は顔を赤くするものの、事実関わり合いになるのを避けようと踵を返した勘助に、
子ども特有の体当たりの要領で飛びつき、

「かんすけ様、かんすけ様!!!」

と、あとは何やらよく分からない涙声でしゃくり上げながら、しがみついてきたのである。


「みんなみんな、ひとり残らず居なくなってしまう夢でありました。」
「想像すると、幼子には相当な恐怖だな。」
「はい。しかも、そのような夢に魘されて飛び起きても、あやしてくれる父上はもういらっしゃらず、
 頼れるような方もまだ居りませんでした。」

だから、あの夜軍師殿を見つけたときは、地獄に仏とはこういう心地のことを言うのだと。

「某、実感したでござる。」
「仏などと言う、大層な者ではないよ。」
「仏でござった。あの時の、某にとっては。」

伏せる幸村の眸には、あの夜の幼子が勘助を、どれほど心強く思ったかが、雄弁に物語られていた。




『悪夢は貘が喰え』

南天の木の処へ行って、こうお言い。


泣きじゃくる子どもにしがみつかれた軍師はそう言った。
そして、幼子は。

「恐いから、一緒に行って・・・だったか。」
「そ、其処まで覚えていらっしゃるのですか?」
「忘れたくとも忘れられぬよ。」

遠い日の思い出に、ボンヤリ揺られていた幸村だったが、勘助の爆弾発言で一気に現実に
帰ってきた。

「抱きついて離れようとしないわ、怒るに怒れないわで、拙僧の方が泣きたかった。」
「ま、まことに申し訳なく・・・」
「しかも其の一件の以後、佐助が長期任務から戻ってお前付きの忍びになるまで、お前
 拙僧のあとをついて回ってえらい騒ぎになったし。」
「・・・・・・面目次第もござらんっっ!!」

潔く。
幸村は頭を下げた。

「地下室に入ろうとするし、書庫で書物の雪崩は起こすし。気が気ではなかった。」

全部、心当たりがあるから言い返せない。

「・・・左目のことも。言っても言ってもお前は触ろうとしたな。」

其れも、確かにやった記憶がある。
けれど、其れは。

「軍師殿は、穢れた生き物などではないと、証明したくて。」

一線引いた位置にいるこの麗しい人を、何とか引っ張って来たくて。
思えば、困らせ者のやんちゃぼうずだったと、自分で思う。

けれど。

「今でも、某は信じております。軍師殿は、穢れてなど居ない。」

其処だけは、昔から頑として譲らなかった一言。
呆れたように、勘助は一言。

「呪いは本物だぞ。」

言えば、

「呪い全てが、穢れではござらん。まじないだって、のろいでござる。」
「・・・賢しげな。」

一応、成長していたか、とは勘助の小さな皮肉。


変わらない姿。
幸村はすっかり大きくなったのに、勘助は今もあの日の姿のまま。

呪い、なのだと思う。
確かに、呪われているのだと。

けれど。


「・・・軍師殿、大好きでござる。」

想いとか、心とか、そういう変わらないものが他に幾らでもある。
姿形が変わらないくらい、どうと言うことはない。


少し、勢いをつけて飛びついたら。


「・・・お前も確かに、大概昔と変わらないな。」


困ったような、嬉しいような、低く優しい声が降った。











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幸村と勘助。
ちびにまとわりつかれてすっかり親鳥と化していた勘助に乾杯(何)
多分、勘助のこと悪く言うヤツには、片っ端からくってかかっていたことでしょう、ちび幸・・・。
ちび幸十歳くらいの記憶、の設定です。
勘助は、コイツ史実通り信玄よりも年上設定。なので40歳代後半・・・くらいかな。
ゆっきと出会った時既に、40に手が届く?くらいだったとか、そんな設定。
佐助は、密偵か何かで長期任務に出ていて、帰ってきたら子守り任された感じ。
当初すっげー表情零だったらいい。
ゆっきと付き合ってるうちに感情を覚えていった佐助を絶賛捏造している破月さんです(アイタタ)

色々言ってますが、ようは勘助に甘える幸村書きたかっただけって話です。
・・・あ、夜見島行きの船が来(ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ〜)