置いていかないで

わたしを置いていないで

わたしの、唯一の、あなた

お願い、置いていかないで








【 自鳴琴−水涯− 】






霧の、中だった。

(ああ、此処は関ヶ原だ。)

ぼんやりと。
確証もないのに、三成はそう思った。
辺り一面を、白く白く抱き隠す、迷宮のよう。
見回せば、ぽつねんと唯一人、立ち尽くす己の弧影。

不意に、恐怖が込み上げた。

どうして、誰も居ない?

西軍の、武将たちは?

兵士たちは、何処?

(左近・・・・・?)

ああ、其れよりも何よりも、左近、何故お前までもが居ない?

怖い。
息が詰まるような、乳白色の世界で。
三成は、戦いた。

今まで。
京で半三成勢に包囲された時も。
杭瀬川の戦の時も
他のどんな戦の時だって、「怖い」という感情を抱いたことなど、無かったのに。

「左近・・・・」

微か、震えた其の声は、ただしっとりと揺らめく白い空間に消えていくだけ。



と。

ユラリ、何か白ではない色のモノが、霧の幕の向こうで揺れた。
反射のように身を翻せば、其処に。

「左近・・・。」

必死で、探し求めた左近の姿があった。
・・・・必死?

(待て、何故だ。何故必死になったのだ、俺は。)

ついでで気が付いてみれば、あの言い知れない恐怖も去っている。
釈然としないながらも、三成は兎も角、左近の傍に行こうとした。

つもり、だった。

歩けど歩けど、左近との距離が縮まらない。



・・・・おかしい。


思った、瞬間。

『じゃあ殿、行ってきますよ。』

斬轟一閃刀をひょいと担ぎ、何処へとも無く彼の人は去っていく。
追いつきたくても、少しも前へと進めないのだ。
なのに左近は、後ろも振り返らずに、どんどん行ってしまう。


行かないで・・・

零れた声すら、蚊の泣くようなモノにしかならない。

どうして?

呼び止めることも叶わない
傍に行くことも出来ない

どうして?

どうして お前は 去ってしまう?


行かないで
行かないで、行かないで
わたしを置いていかないで

左近
三成に過ぎたる愛しい人よ

置いていかないで 一人にしないで


・・・何処へ、行ってしまうのだ・・・?




「・・・っっ左近・・・!!」

目が醒めた。辺りは未だ暗い。
夢であったのだ。
三成は、心の底から安堵した。

瞬間、頬を濡らす暖かい雫の存在に気が付き。
慌てて拭えば、もう其れは止まっていた。

暗がりを透かして傍らをみる。

(良かった、起こしてしまってはいないか。)

横で左近は、間違いなく熟睡している。

つくづく。
おかしな夢を見たと、思った。

(有り得ん、左近が俺を置いていくなど。)

杭瀬川の合戦場で
「何があっても見捨てたりしない」と、断言していた左近が。
三成を置き去りにして、何処かへいって仕舞うなんて。

莫迦げた夢を見たモノだと、思う。
けれど、何故かこの時ばかりは。

そのまま、寝入ってしまえるような気分じゃなかった。


「・・・左近。」

起こさないように、極めて小さい声で。
三成は、左近の寝顔に話しかけた。

「いかなる時も、俺を置いて一人でなど行くな。俺は・・・お前の傍に、居たい。」

言いながら、左近の襟元に顔を埋める。
左近が起きる気配は、無い。

三成は、しばらくそうやって踞っていた。







†††††††††††††††
「自鳴琴−水涯−」は、乙女ゲーム『水の旋律』の同名曲から。

三成は、一人では踊れないと思うんですよ。
頭(こうべ)の飾りを打ち振るい、火群見遣って踊る為には、左近という存在が必要不可欠なのです。
(なんでいきなり『巫秘抄歌』が混ざるのか)

・・・などという妄想を目一杯織り込みました。

てゆか・・・これ絶対左近、起きてるよね・・・

この後続かせようか迷ったんですが、此処で切ることに。