異形の軍師
其の両手には手斧を携え
桜の古木色の髪が縁取る白い顔は
背筋が凍るほどの美貌

其の、凄絶な最後を謳い

歴史は次の地平線へ




(拙僧も、死ねる命を持っていたのだと・・・其れが、嬉しいのです。)


「しんげん。」

引き上げの支度を続ける武田の本陣を、宿敵・上杉謙信が訪れたのは
丁度、『山本勘助 討死』の報が全軍に知れ渡った、頃合いであった。

「おまえは、このものをここにおいて、かいにもどるつもりですか。」

静かに云う謙信の腕の中
事切れた勘助は、美しく黙して・・・眠って、居た。

「・・・首を、取らぬつもりか。」

戦場の倣いに背く謙信の行いに、思わず信玄がそう問えば

「のろわれしくびなど、わたくしはいりません。なので、かみをいただきました。」

ちょっと上げてみせる右手に、誰が見ても其れと知れる勘助の髪が一房
忌まわしい刺青の刻印を隠していた、あのリボンに束ねられて、握られていた。

「つれて、かえっておあげなさい。」
「・・・恩に着る、謙信。」

此の、神々しい軍神は
其の為だけに、単身武田本陣に乗り込んできたのであった。
信玄の腕の中に戻ってきた勘助は、見る者の魂を凍らせるような美貌のまま

ただ、切られたために短く揃えられた髪と
リボンのかわりに刺青を覆い隠す白い布とが

信玄以下、古参の武田の将たちの心に、遠い日々の姿を思い起こさせて


涙を、誘った。




秋風星落

燦たる将星が流れゆくときは何時も

空はただ、蒼く高く澄んで

見えざる星屑の瞬きは銀瑠璃の軌跡を描いて

地平線の彼方へと・・・堕つるばかり



「帰るぞ、勘助。我らが愛した、あの甲斐の地に。」

(はい、お館様。)

麗しい声は、もう二度と、聞けない。
死して漸く、人間のしがらみの中に戻れた此の躯は
時の流れの中、静かに・・・朽ちて逝けるのだろう。


「のう、勘助よ。お主の命は、魂は、やはり人間であったではないか。」

(ええ・・・拙僧自身驚いております)

人として、死ねたのですね。勘助は静かに、そう呟くのだろうと、信玄は想った。


刹那、瞼の裏に

何時かの空の下、微笑む勘助の美しい姿が
一瞬だけ・・・見えた、気がした。