終わらぬ命、という呪いを刻む其の刺青は
此の手で触れたらどうなるのかと
ただ、純粋な興味を抱いた。
「何故、貴様は死に忌まれる。」
其れは何時の折りだったか。
現実だったのか、夢だったのかすら、吉継の記憶の中には残っていない。
ただ、風が吹いていた。桜が舞っていた。
空には淡い、月が浮かんでいた、そんな気がする、其れだけの情景である。
其処に、己と正反対の因果律に縛られた男がいた。
ただ、ただ、其れだけの情景なのである。
「何故、と尋ねられても。其れは拙僧自身が知りたきことなれば。」
問われた男は微苦笑して、麗しい吐息に乗せ、そういらえた。
其れは問に対する答というより、独白めいた呟きに似て。
非道く、吉継の心を掻き乱した。嗚呼、生きている次元が抑も違うのではないかとふいと思った。
男の名は、山本勘助。武田の闇軍師にして死に忌まれた存在である。
とうに、とうに、とうに五拾を通り過ぎたらしいはずの其の男の横顔は、縦から見ても横から見ても、
如何にも若く麗しくて。
「虎若子の兄にしか見えぬ。」
ぼそり、誰にともなく言ったつもりが、
「あれはもう、『若子』では御座いませぬよ、刑部殿。」
兄発言は素通りして、其方を諫める声には、今度は明らかに苦笑の色彩が濃い。
己の外見が実年齢と大きく乖離していることなど、最早此の闇軍師にとっては気がかりの欠片にすらなりえないのだ。
死の病に蝕まれた吉継からしてみれば、此ほど羨ましく、妬ましく、そして眩しいモノはない。
無いはずなのだが。
「生とはまこと、不可思議なものよ。長すぎても短すぎても不快であるというのに、程良き長さというものの見当が、
皆目つかめぬ。」
死の淵に招かれている己の身が幸いだとは、無論微塵も思わぬ吉継だが。
かといって彼岸に渡ることを拒まれ続けている勘助が、幸いだとも思えないのだ。
其処に黙して横たわる不可思議を感じずにはいられない。勘助に会うたびいつも、吉継はそう思うのだ。
・・・こうやって言葉を交わしたことが、さて本当にあったのかどうかすら疑わしいのだけれど。
「そう簡単に答に辿りつけぬから、命なのでありましょう。」
勘助の吐息が空間を揺らす。
さわわ、さわわと桜が舞って、桜が散って。
ただ視界は、薄墨のような色彩と薄紅の雪に埋もれていく。
ややあって
再び吉継は唇を開いた。
「死に忌まれし闇軍師。尋きたいことがある。」
居住まいを正したその声色に、勘助は繊細な首を傾げた。
「何か。」
「死に招かれた此の腕で、死に忌まれた其の身に触れたら、どうなる?」
それは
抑も吉継が勘助と出会う切欠となった疑問であった。
死に拒絶された男の話は、亡き竹中半兵衛から聞かされていた。
自分が死病に冒されてから、尚一層其の話は強く意識を支配し続けた。
其処に在ったのは、ただの純粋な興味だけ。
「死に招かれるモノが、死に忌まれたモノに触れたら、どうなる?」
曰く言い難い眼差しを吉継に向けていた勘助は、しばしの後に静かに言った。
「どうにも・・・ならぬことでしょう。」
勘助は何処か遠くを見つめて、そう呟いた。
「拙僧の左眼を刻む此の刺青が、他者の死をも忌むというなら、甲斐の虎は彼岸へと招かれなかったはず。
誰かの死が此の刺青に打ち勝てるのならば、拙僧は虎と共に彼岸へ渡れたはず。」
どちらも、ならなかったのですから、と。
強く吹く風の中、勘助はただ哀しそうに微笑んだ。
其処で目が醒めるから、嗚呼、あれは夢であったかと理解する。
だから吉継はいつも溜息を吐く。何故、あのような夢など見たか、と。
死に忌まれる。其の響きだけなら非道く甘美な夢に見えるが、だがしかし。
其れを手にしたはずのあの男は、何故かいつも寂しそうで、哀しそうで。
不思議でならない、いつも思う、其のいつもが何時を指すのかわからないけれど。
そして
其れが現実の記憶なのか、繰り返し見る夢の残滓なのか、吉継はいつも量りかねたまま忘却してしまう。
だから意識の水底を掠めるのは、欠片とも呼べぬような一枚の絵、だけなのだ。
散ることなど無いくせに、散り乱れる桜に非道く似ていた、あの麗しい軍師の微笑だけ。
それだけが、何故か意識の水底に張り付いて、夢を見るたび心をさわわさわわと掻き立てるのだ。
其の音は、何故か風に舞い散る桜の音として認識されている。
・・・や、言い訳をさせてもらいますとね。
竹中といい大谷といい、うちの勘助の対極じゃないか、と。
死に忌まれる呪いを、左眼の刺青に刻まれ続けているのがうちの勘助なんで・・・・・・。
まあ、短すぎる生も辛いけど、長すぎたって良いことないよ、っていう。
勘助の言い分は其処ななんだよっていう。
そして発売前につき大谷がすげー捏造。
発売後になったところで捏造は確定ですけどね。