何度
此の刃を握り締めて
この人の命を・・・掻き消そうとしただろうか
新月の夜であった。
皆が寝静まった深夜、闇に紛れて降り立ったひとつの影があった。
白と黒に染め分けられた忍び装束、血色に翻る短髪、目深に被った鉄拵えの防具・・・
北条の傭兵、風魔小太郎であった。
彼は、何度果たそうと心に決めても果たせず仕舞いに終わっていた或る計画を
今宵こそ、し遂げる覚悟で此処に・・・・
武田の本拠地に、単身乗り込んできたのだった。
音もなく、或る部屋の前に降り立ち
静かに障子を開け放つ。
其処には
武田の表の参謀、内藤昌豊の、無防備な寝姿が、あった。
忍刀を構える。
幾多の敵の血を吸ってきた其の刃を、ただ、振り下ろせば
・・・・其処で、任務は終わるのに。
「・・・・・・・・・っっ」
手が震える。
狙いが定まらない。
風魔を知る敵は、残らず殺さなくてはならないと言うのに。
・・・・・・・出来ない。
どうしても力を込められない腕を下ろしたのと、
「また・・・振り下ろせなかったね。」
おっとりと
朧夜の眸を開けて、内藤が風魔を見据えたのは
同時だった。
「!!」
息を呑んで翻そうとした躯を、長く力強い腕が抱きしめる。
「お前が、私の命を狙っているのは・・・随分前から分かっていたよ。」
懐かしいお前の気配が時折、風の片隅に香ったからね。
命の危険に曝されている者の言とは、到底思えない内藤の言い様であった。
振り払うことも出来ず、風魔は内藤のなすがまま、腕に収まっているより他無かった。
「けれど、お前はどうしても・・・私を殺せないんだね。隙だらけになって上げても、
結局お前の刃が私に下されることは無い。今夜ではっきりしたよ。」
最強の忍だとか、伝説の忍だとかいろいろ言われているけれど
私にとってお前は、あの頃の可愛い小太郎のまま
「お前は其れを捨てたくて、けれど捨てられなくて。
・・・・苦しいね。苦しくて、困って、私を消したいのだね?」
ぎゅ。
言葉を発せ無い風魔の意思は、すべて仕草が伝えてくれる。
内藤は心得たもので、其の全てを理解して、頷いた。
「消す必要はないよ。其れは確かに、脆くて弱い部分だろうけれども。
其処は暖かくて、大切な本質でもあるんだ。だから・・・足掻いて消す必要はない。」
ぎゅう、と。
風魔の不安を拭おうとするかのように、内藤の腕の力が強まる。
「小太郎。私は、お前の本質を知る数少ない人間の一人だ。
辛くなったら、泣きたくなったら、いつでもおいで。こうして・・・お前が泣きやむまで、傍にいるから。」
内藤は
この夜も風魔が、涙を流せない風魔が
声も出せず慟哭しているのを、とうの昔に見抜いていたのだった。
伝説と謳われる忍の術
其れを身につけるため、風魔が捨てたもの・・・
人間としての感情と、其れを現すための一切の、手段
言葉も、涙も、態と引き替えに何処かに置き忘れてしまった魂の
声なき慟哭が、内藤の耳には聞こえていたのだ。
だから
「私の前でまで、伝説の忍たろうとしなくて良い。私の前では、ぼんやり屋の小太郎でいて良いんだよ。」
目の前の哀れな魂が、何処かでなくしてしまった慈しみを、ありったけ注ぎ込むようにして
内藤は風魔を、ただ、抱きしめた。
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もう、この二人デフォルトで仲良ければいいです。猫と飼い主。
イメージは人魚姫ですよ。
喋れないとか何とか、考えてみれば類似項目が・・・・