崩されて、壊されて

何もかもが朱の中に滅して逝く






[ ruin ]





首筋を伝う液体が、不愉快な温度のまま流れ落ちてゆく。
噎せ返る、鉄の匂い。
厳重に封印された両目では確認など出来よう筈も無いが、明らかに、其れは血だ。

「・・・ッハハハハハハ!ほおら、血が服に染みてビショビショになっていくのが分かるだろう?」

耳をつんざく高笑い。
狂気じみた口調。

「・・・・・・・・・・・・!!!」
「くっ、堪え性よなあ毛利殿。されど其の方が、甚振り甲斐があって良いというもの・・・
 アーッハッハッハッハッハッ!!」

戦国最凶の軍師の手に落ち、其れでも元就は、必死で耐えていたのだった。


ざっくりと斬られた首から、流れる血は止め処もなく。
加えて、元就を捕らえたこの男・・・山本勘助の手酷い拷問には、情けというものが無い。
痛みと、血が為す術もなく失われていく恐怖とに、死に物狂いで耐えている元就の耳元で狂った聲がする。

「話されよ、毛利殿?かの伴天連教徒どもを一掃した、貴殿ら連合軍は次に何処と事を構えるのだ?」

甘く、低く、笑いと毒とを多分に含んだ、聲が。



毛利軍が、四国・長曾我部と南九州・島津と連合し、ザビー教を討ったのは三月ほど前のこと。
勢いづいたそのまま上洛を目指し、織田軍をも蹴散らして見せた。
となれば、次にぶつかるのは今川か、北条か・・・武田。
敏感に其れを察知した勘助は、事もあろうに連合軍の一角を担う元就を捕らえ、拷問にかけたるという手段に出た。
かれこれ、七日ほど前の出来事である。

七日間。
気絶させて連行した元就に、捕縛した毛利兵から搾り取った血を浴びせかけて目を醒まさせ、
残虐の限りを尽くして責め抜いた。
命乞いする部下を生きたまま引き裂き、振り子の刃や鉄の処女に押し込めては狂ったように嗤った。
其れでも口を割らない強情さを、色の無い唇で弧を描いて嗤ってみせ、彼は冷然と言った。

「そんなに、責め苛まれることをご所望なら、お望みのままにして差し上げよう。」

口を猿轡で塞ぎ、幾重にも目隠しをして視覚を奪い。
その上で、元就の首をザックリと切った。
たっぷりと血が流れる、けれど急所ではない場所を、的確に。


「くくっ・・・着物が、真っ赤に。毛利殿は存外紅がお似合いになる。」
「!!・・・んうっ・・・・・・・」

皮膚の上を這った生暖かいあれは、勘助の舌だろうか。

「軍の動向を吐き、武田に忠節を誓えば、お命助けて差し上げますが。」

猛毒の鬼火を揺らめかせ、吐息のような声が耳元で囁く。

「もとより、寄せ集めの連合軍に、何故其処まで肩入れなさる?」

そうだ、もともと利害が一致していたから手を組んだだけ。
自分でももう分からない、あの軍を護ろうとしている理由が。

ぐらりぐらりと廻る思考の片隅で、けれど元就は歯を食いしばり、狂気の責め苦が過ぎ去るのを待とうとしていた。
だが、其れを許す勘助ではない。

「血を以て、軍を護られるか。ならば連合軍の命すべてに値する血を、毛利殿から頂かねば。」

言うが早いか、もう一カ所頸動脈の上に、細い氷があてられたような痛みが走り、間髪入れずに服がしとどに濡れていく。

「これで、彼岸へまた一歩。」
「!!!っん!んう、んんんんんん!!!!!」
「そんなに暴れては、尚のこと彼岸が近づきますぞ・・・キャーッハッハッハッハッハッハッハ!!!」

絶対的な、狂気。
抗う術さえ奪う、其の笑い。

「話す気に・・・なられたか?」

低く、麗しく、冷酷な声が再び問う。

ややあって

元就の細い首が、微か、縦に揺れた。




斯くして
ついに元就は、恐怖に屈し、勘助に屈した。
洗いざらい、連合軍の動静を白状し。
恭順と服従を、誓ったのである。





「お疲れ、勘助兄ィ。」
「佐助か。」

先程までの狂気が、根こそぎ消え失せた顔で勘助は、ゆるりと振り返った。

「粘ったね。流石は毛利ってとこかな。」
「ああ。騙されてくれて良かった。」

言う勘助の手には、大ぶりの水差し。


最初から。
元就の首は、抉られてなどいなかった。
勘助愛用の手斧で、軽く切ってあっただけなのである。
其処へ勘助が生温い水を注ぎ、あたかも血が流れているように錯覚させたのだ。
雑兵たちの血をぶちまけた御陰で、元就が其れと気付く由もなく。

「虚実を巧みに操り、暗示をかける。見事なモンだよ、ホント。」
「内応してもらわねば、彼の軍は崩せまい。無傷で確実に落とさなくてはならないのだから、こうしか出来ないよ。」

恐怖から解放された安心からか、元就は意識を手放している。

「目ェ、醒めてさ。壊れてたらどうする?」
「どうもこうも・・・北の地に住まう物好きな青龍が、欲しがっているから問題ない。」

しかし、そうなると毛利軍を説得する手間が増えるから、其処は厭だ。
勘助の言い分はあくまで、戦場に立つ軍師としての本音である。
奥州の竜が、日輪の申し子の身柄を欲していることもまた事実だが。

「辛く、無い?」
「辛いなど・・・望んで身を投じたさだめ。お館様の御為とあらば、この程度。」

武田の陰として、闇として、こういった汚れ役をすべて引き受けてきたこの軍師は、本来誰よりも慈悲深い質なのに。
其の身に深く刻まれた呪詛故に、一切の己の幸せを放棄して、唯主君の為に。
心を、魂を、狂気の淵に追い落とし、演じ、其れでも尚平生を装って。

「これで、西への進路にも光が差す。其れで、良い。」

鬼で在ろうとする。
凶刃で在ろうとする。
人とも思えぬ仕打ちを、其の手で執行し乍ら。

「じゃあ、大将には俺から報告しとくよ。日輪は、甲斐に堕ちた、って。」
「頼む。」

殊更に表情のない、白い顔が哀しくて。
佐助は居たたまれず、地下室を後にした。

残された勘助は、深く深く溜息をついて。

伏せた右の眸から、静かに涙を零した。









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「相棒」のワンシーンから発展した妄想。
勘助は、拷問中及び戦闘中は狂刃たろうと己を追い落とすので、必然的にこんな人になります。
金属的な、耳障りな高笑いをあげ続ける、狂気の軍師。
武田の為なら一切の手加減も、情けもなしという・・・鬼か。
そんな勘助に捕らわれて、毛利が非道いことに・・・
絶対、口枷外されても目隠しは外されていませんから、コレ。
外したら、ペテンがばれちゃいますからね・・・
泣きながら、武田への恭順を勘助に誓う目隠しされた毛利って、無駄にエロい気がしてならない(末期)
しかもひっそりダテナリ。もう帰れ貴様。