類い希な日であったのだ。


何時も地下拷問部屋に引きこもっている勘助が、屋敷の私室にいたり。

佐助と幸村が、たまたま暇をもてあましていたり。

近所の神社で、今年最後の夏祭りがあったり。






[ pray ]



幸せそうに綿菓子を頬張る幸村を、呆れたように佐助が見遣って言う。

「旦那、或る意味凄いよ。食べどおし。」
「傍観するばかりで止めようとしないヤツが言うな。」

勘助の、佐助への厳しいツッコミも、幸村には届いていない。
仕方なしに、佐助は独り肩を竦める。

「や、だってさ勘助兄ィ、考えてもみてよ。旦那ったら、あんなはしゃいじゃってさ?
 水差せないじゃん、幸せそうな顔しているところを。」
「其処で諫めてこその忠義だろうが。」
「そんなご無体な〜」
「佐助佐助、やきもろこし!!!」
「おっ、ホントだ美味そー!!」
「少し自重しろ此の莫迦主従。」

ずびし。ずばし。

鮮やかに一閃した団扇でのツッコミは正確無比で、容赦ない。
しかも、『み゛ごっっっ』という鈍い音もした。
幸村は、勘助の団扇には鉄板でも仕込まれているのだろうと思った。
心密かに勘助は、意を決して出てきたことはやはり正解だったと、嘆息した。




「・・・軍師殿は、口が寂しくないのでござるか?」

しばらく大人しくしていたものの、あちこちから漂う香ばしい匂いに早くも負けてしまったのか、
懲りもせず幸村が勘助の袖を引く。

「無い。」
「で、でもでも、水飴が・・・あ〜〜〜〜〜」

鷲掴んだ袖ごと引っ張って行かれて、幸村の眼前からみるみるうちに水飴屋が遠ざかっていく。

「ぐ、軍師殿ぉ〜〜〜〜〜!!!」

本格的に5歳児モードへと以降寸前になった幸村に泣きつかれ、勘助は深い深いため息を吐いてから

「幸村、しばし此処で待て。佐助は幸村がふらふら歩いて行かぬよう見張れ。」

言い残し、人垣の彼方へ消えていく。
残された二人は、人の流れの邪魔にならないよう、少し参道から外れて佇んだ。
ややあってから、人垣の向こうでどっと歓声が上がる。

「?何事だろうか。」
「さあ・・・・・」

首を傾げ合う二人の元へ

「行くぞ。」

不敵な笑みで口の端をつり上げて勘助が戻ったのは、其の直後のことだった。
りんご飴とあんず飴を右手に、そしてみかん飴を左手に、一本ずつ握っている。

「すっげ。勘助兄ィ、サイコロで1出したんだ!!」
「サイの目ひとつ思うように出せなくては、軍師など務まらぬよ。」

間違いだらけのことを言いつつ、佐助の方にずいと飴を差し出した。

「佐助、どれが良い?」
「え、いいの?」

3本とも幸村行きかと思っていたので、ちょっと嬉しい。

「じゃあ、みかん貰うわ。」
「幸村は・・・りんごか、一番デカイし。」
「軍師殿ぉぉぉぉぉ!!!感激でござるぅぅぅぅ!!!!」
「飴、落ちるぞ。」
「はっ!!ちょ、頂戴いたす!!!」

あわあわする幸村に特大のりんご飴を渡してやり、自分はあんず飴を口に運ぶ。

「甘・・・・・」

小さく、そして何処か切なく、勘助が呟く。
子どものような其の響きは、祭りの喧噪の中ではあまりに小声過ぎて。





「軍師殿、あんず飴美味しくないでござるか?」

一口頬張ったきり、しばらくの間ボンヤリし続けていた勘助は、幸村の怪訝そうなそんなセリフで
我に返った。
言及するまでもないが、幸村に渡された特大りんご飴は既に、串であった割り箸しか残っていない。

「いや、予想以上に、甘くて。」
「甘いものはお嫌いでいらっしゃるか!?」
「じゃなくて、旦那。勘助兄ィ、旦那と違って食べ慣れてないから吃驚してんの。」

愛情を込めたからかいに、幸村は気付かない。
というよりも、耳に入っていなかったようだ。

らしくもなく真剣な顔つきで、ちょっと考え込むや否や、

「しばし、お待ち下され!!!」

言うが早いか、人混みの向こうに消えてしまう。
唐突すぎて、呼び止める間もなかった。

ほどなくして。


「軍師殿、こちらなら如何であろうか。」

買い込んできたのは、鶏の砂肝の串焼きだった。しかも塩味である。

「あらら、旦那手が早いこって。しかも勘助兄ィの分だけですか。」

ちらりと屋台を見遣れば、えらく込んでいる店だから、多分焦ったのだろう、この主は。
などと思いつつ、けれど意地悪なことをぽろりと言ってしまった佐助だった。

案の定。

「すす、すまぬ佐助!!あんまり込んでいたから、其の・・・」

目を白黒させながら、あわわあわわと、右往左往。
其の仕草が、なんだか妙に幼く、可愛らしかったので。

「ごめん。意地悪言い過ぎました。」

早々に白旗を揚げたのだった。


「軍師殿、飴とこの串、交換して下され。」

にこにこと、小さな子どものように言う幸村。
瞬間、綻ぶ勘助の微笑は何とも麗しく。

「・・・本当に、真正甘党だな、お前は。」

苦笑混じりで呟かれたそんな言葉の、なんと柔らかなことか。



其の後、今度は佐助が人混みを押しのけて屋台の方へ消えていき、ほどなく飲み物を抱えて
戻ってきて、ようやく三人は本殿の方角へ歩き始めたのだった。
といっても、祭神は御輿と共に出て行ってしまっているので、詣でるのは意味がない。
そちらの方が人が少なく、花火を見るのに良さそうだと勘助が踏んだからである。
案の定、屋台が切れた辺りから、急速に人通りが少なくなった。

「このまま、本堂の少し裏手の方まで歩いていこう。花火を独占状態で見れるだろう。」

佐助が買ってきた麦茶を傾けつつ、勘助は向こうを眺めた。

「未だ少し、時間が早めだが・・・」
「いいじゃん、座ってゆっくり待った方が。何より、真田の旦那があの状態だし・・・。」

言いながら佐助が、ちらりと見遣る其の先の、幸村はというと。

焼きそば、お好み焼き、たこ焼き、ソフトクリーム、シシケバブ、ポテトボンボンと、保護者二人の目が
外れたのを良いことに、大量に買い込んで頬張っていた。
手も口もおよそ足りていないのだが、そこは流石、武田の秘蔵っ子。
巧みにバランスを取って、何一つ取り落としたり、こぼしたりしないのである。

「落ち着かせて食べさせないと、どんな惨劇起こってもおかしくないっしょ。」
「ああ・・・・・。これ以上、あれこれ買い込ませないためにも、移動するのが賢明だな。」

幸せいっぱいの表情でもごもごしている幸村を、眺めているだけで満腹の風情の勘助は、
深い深い溜息を吐いたのだった。


勘助の読み通り、本堂の裏手は人の気配がまるで無く。

「特等席独占、だな。」
「ふふぉぃふぇほふぁる、んんふぃろのーーーー!!!」
「旦那、口いっぱいに頬張ったまま喋んないの!」

どうも「すごいでござる、軍師殿ォォォ!!」と言っているらしい幸村のおでこに、佐助のでこピンが決まった。
ひっそり、かき氷とハニーチュロが増えているが、もうつっこまない佐助と勘助であった。

と。


ドーン!バーン!!



「始まったか。」
「すげえ、こんなド迫力で花火見るの、初めてかも。」
「なんと綺麗な!軍師殿の綿密な計算のおかげでござるな!!」
「たいした事ではないよ。たまたま読み通りに事が運んだまで。」
「・・・って旦那、あれもう食べちゃったの!?」

驚愕する佐助の疑問も、すっかり花火に気を取られている幸村には届いていない。
次々打ち上げられる色とりどりの花火にかんばせを染められながら、はしゃいでいる。
見れば勘助も、何時になくあどけない面持ちで空を見上げていて。

(なんだかねえ・・・・・)

二人の顔を眺めているのも面白そうだったけれど、やはり花火を満喫しないと意味がなさそうな気がして。
視線を上げた佐助の目の前で、三日月型の新作花火がパッと咲いた。












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そろそろ季節はずれもギリギリの祭りネタ。勘助大ハッスルです(謎)
動かし易いよなあ、オリキャラは。
佐助はどう足掻いてもオカンのようです。
引き籠もりの長男と元気すぎる次男と、豪快な父親に振り回されていればいい。
イメージに引っ張った歌は、大塚愛の『金魚花火』と『プラネタリウム』、GRANET CROW の『pray』。
・・・わあい、なんでか知らんが夏祭りの歌ばかり・・・・・。
最後の夏祭りだから、まあ良いのか(をぃ)

ちなみに、最後の方で出した三日月型の花火は実在しますよ。
昨年、県内某所の花火大会にて観てきましたからvv
動画撮ったんですが・・・ケータイ君が・・・あああああ(古傷)