※ご注意
こちらの話は、破月が5月の連休に関ヶ原を訪れた際の体験を
現代パロ(もどき)で小説化してみたモノです。
そう言った小細工がお嫌いな方は閲覧なさらないで下さいませ。
また、オリジナル設定で大谷吉継が登場しています。もちろん頭領も。
そんな設定イヤだよ、という方も、廻れ右して現実世界に帰還して下さい。
何見ても平気な方だけ、ご覧下さいませ。
5月2日・・・
関ヶ原町・決戦地跡は其の日、不思議な客を3人ほど迎えていた。
「吉継殿!!」
助手席から飛び出した幸村が、躑躅の花影に座っていた吉継の姿を目敏く見つけた。
其の声に、手持ちの本から顔を上げて、吉継はにっこり笑って出迎える。
「よく来たな、幸村。長旅で大変だったろう。」
「いいえ、キノト殿が殆ど運転して下さったので、私は全然。」
「といっても、恵那峡−養老間は代わってもらったよ。
其処が渋滞のピークで、或る意味難所を任せてしまったんだが。」
車のエンジンは切らないまま、キノトも運転席から降りて苦笑しながら言う。
吉継は、遙々この関ヶ原の地までやって来た2人を労う笑みを浮かべた。
「本当にご苦労だった。ようこそ、関ヶ原へ。」
この連休の旅行は、幸村たっての願いで実現したものだった。
「三成殿に、会いに行きたいのです。」
発端は、この些細な一言。
普段あまり自分の希望を口に出さない幸村の発言なので、周りはこれを叶えようと躍起になった、
ということの次第である。
幸か不幸か、連休中までかかる日取りで兼続が滋賀県方面に出張しており、じゃあ帰りがけに
拾えば其の分兼続も楽ができるし、ということでああでもない、こうでもないと行き先を二転三転させて。
結果、『関ヶ原と長浜・彦根を巡る一泊二日の旅』が計画・実行されたのである。
最初は一人旅で頑張ると言って聞かなかった幸村だが、
「連休中はどこもかしこも混雑が非道いんだ。公共交通機関も同じこと。
だったら、車で動いた方が自由もきくし、いろいろ便利だろう?」
こうキノトに説き伏せられ、トドメの一撃で「軽で高速は無理すぎるだろ。」と左近にもだめ押され、
結局キノトと2人キノトの車で関ヶ原までやって来た幸村だった。
「で、その島左近は?」
吉継が首を傾げる。途端、旅人2人が苦笑して、口を開いた。
「左近殿は・・・」
「トンフルエンザで自宅待機だよ。」
其れを聞いて吉継も、ああ・・・と溜息のように呟いて頷いた。
キノトの言う『トンフルエンザ』とは、メキシコで大流行している『豚インフルエンザ』のことで、
公務員の左近は有事に備えて自宅にいるよう、上から指示された、ということを暗に示していた。
「いざって時にいなかったら拙いだろ、だそうだ。一理あるが、まあ出掛けが大変だった。」
幸村に聞こえないよう、肩を竦めてキノトが言う。吉継は深く頷いた。
幸村を溺愛・・・とまではいかないが、端から見れば破格の勢いで甘やかしている左近である。
自分の目の届かないところにいかれるのが、気が気でなかったのだろうことは燎原を見るより明らかだ。
其の、当の幸村は・・・・・。
(三成殿・・・漸く、到着しました。)
多分、物凄くヤキモキしているであろう友の笑顔を、心に思い描いていた。
驚くだろうか。怒られるだろうか。
其れでも会いたかった、大切な大切な友人。
此の世界の因果律を、車の中で聞かされてしまったからこそ、余計に。
あの、運命の血戦が巻き起こっていた時とは違う穏やかな空を見上げ、暫し幸村はじっと立ち尽くしていた。
ややあって。
「幸村、そろそろ次に行こう。三成の陣跡も見たいんだろう?」
吉継に促され、幸村は満面の笑みで振り返った。
「はいっ!是非お願いします、吉継殿!!」
「吉継、ナビ役頼んでいいかい?まあ、そんな距離もないだろうけれど。」
後部座席で、幸村と並んで坐ろうと思っていた吉継は、さも当然のように助手席に乗りこんだ
幸村を僅かの間ばかり残念そうに見遣っていたが。
「案内するまでもない・・・といいたいところだけれど、流石に其れだと厳しいな。」
ほろ苦い微苦笑で諦めて、肩を竦めた。
石田三成陣跡。
関ヶ原古戦場の中でも、一際高台に位置しているその場所には。
「あの、謎のオブジェは何なのでしょうか・・・・」
なんだかよくわからないオブジェが鎮座していた。
三成殿に尋けばわかるでしょうか、と首を傾げる幸村を、キノトは全力で止める。
「やめておきなさい幸村。三成のことだ、苦虫纏めて10ダース噛み潰したみたいな顔で
『知るか。』と言うに決まっているよ。」
「地元の観光産業の一環だかなんだとかで立てられたモノだが・・・其れにしても
よくわからん、というのが私も実情だな。あれ埴輪に見えるが、埴輪でも何でもないんだ。」
吉継まで溜息混じりに言うものだから、幸村も此処は黙るしかない。
「で、吉継。陣跡は?」
「ん?あの山の上だが?」
さらっと。
相変わらず凄いことを言う御仁である。
「上・・・ですか。」
確かに石田軍の旗が見えないですね、とは言うものの
結構小高い山を見て、幸村はほんの少したじろいだようだった。
「総大将の陣だ、戦場の全てが見えなくては困るだろう。」
吉継の言うことはもっともである。
「さあ、いくよ。400年前、この因果律の石田三成が見た風景を求めて・・・。」
「は、はいっ!!」
優雅に微笑するキノトに促され、幸村は車を降りた。
笹尾山の麓には、蒲生氏の陣跡も旗のみが残されている。
「何も、残らないのですね。」
感慨深げに、幸村がポツリという。
目指す三成の陣跡は、山の上だ。
「行こうか。・・・ああ、山登り用の杖も用意されているのか。」
「今年は北近江戦国浪漫フェアだとか何だとかで、ちょっと盛り上がってるんだ。
多分、その影響か何かか、そうでなきゃ地元観光協会の配慮だな。」
細かいところに感心するキノトに、吉継が相づちを打つ。
当然杖などいらない3人は、サクサクと山道を登った。
「妻女山に上ったときもそうだったが、そこそこに険しい道だね。
しかも上の見晴らしは良さそうときている。これは良い陣を構えたと思うのだが。」
「しかし、此処の因果律は・・・・」
「皆まで言わなくて良いよ、幸村。」
吉継が微苦笑で制する。
言わずとも知れている、此の地で西軍は大敗し、徳川の治世が始まるのだ。
それが、正しく紡がれ往く歴史の姿だ。
無念ではない、そう言いきれば嘘がある。しかしながらそれはそれでいい気もするのだ。
幸村は、そんな己を不思議に感じた。
友が散り、己も無念の死を迎えた後の世。此の世界はそういう場所だと心得ているのに。
でも。
(こんなに、平和で。皆が笑って暮らせているというのなら。)
結果として、三成の理想は実現しているのだから。
今此の瞬間にはもう、覆せなくなっている刹那を、恨んでも憎んでも仕方がないのだ。
己の心中にそう結論が出れば、あとは此の地に立っているという奇跡に・・・・・
否、「此の地に立たせてくれた彼の御仁」に、感謝をしなくては。
「遠呂智への土産なら心配ないよ。慶次と2人分の近江牛で、とリクエストをもらったから。」
幸村の考えなどすべてお見通しらしいキノトが、小さく言った。
魔王と恐れられる遠呂智に頼んで時空を歪め(無論五月蠅いことを言ってきそうな仙界の面々はあらかじめ力尽くで
黙らせておいた上で、だ)、『正しき因果律』が紡がれた400年後の関ヶ原へと、
幸村を誘ったのは他でもない、この黒鳥だ。
こうならなかった歴史を紡いだ世界の住人は、本来なら此の地に来られるはずはないのだ。
「ああ、あの蛇神にどう礼を言うべきか、考えていたのか。
突然立ち止まるから、私はまた感動の余り立ち竦んだのかと思ったよ。」
吉継が、少し先から振り返って言った。
遠呂智の力は流石で、病で崩れる前の麗しい吉継の顔が其処にはある。
そう起こるはずのない奇跡が、幾つも幾つも折り重なって目の前にあるという事実を。
幸村はただただ、噛み締めて、感謝した。
「確かに、感動はしています。」
短い言葉から、保護者2人はすべてを理解したようだった。
「さあ、上ろうか。しかしまた、結構な上り坂だね。」
三成の陣跡へと続く斜面を見上げ、キノトは溜息混じりに呟いた。
「いえ、流石は三成殿です。このくらい急峻でなければ、本陣は危険にされされるでしょう。」
覚悟はしていました、と武者の面で言う幸村の肩を叩き、吉継が言った。
「さあ、行こうか。」
「はいっっ!」
気負った声と後ろ姿を、内心でちょっと心配しながら
キノトは最後尾から、歩いていくことにした。
その、暫く後・・・。
「張り切りすぎだろう、幸村。」
「いえ、其の様なことは・・・・」
勢い余りすぎてオーバーペースで歩いていた幸村は、ややガス欠気味の様相を呈していた。
足を止め、キノトは微苦笑する。
「分かり切っていて来た旅路だろう?先ずは登りきってしまおうじゃないか。」
「・・・そうですね。」
笑って、幸村は再び歩き出した。
其れを見遣り、吉継もキノトも軽く息を吐いてあとを追う。
笹尾山は見晴らしの良い高台だった。
「ああ、石碑が残っているじゃないか。」
「しかし、何でこう賽銭を置いていくんだか。」
石碑の足下に散らばる小銭を見て、吉継はしみじみと呆れた声を漏らした。
関ヶ原合戦の由緒やら、戦の流れやらを解説する札が立っていたり、
据え付けられた展望台には、解説のアナウンスが流れる土台まで設えられていた。
其れを聞きながら、眼下の関ヶ原盆地を見渡し、キノトが指し示す。
「あの辺りが家康本陣跡。そして向こうの山の方に小早川の陣。
布施隊は、あの麓から威嚇射撃を行った、という寸法さ。」
「よく言う、其れをさせなかった黒鳥は何処の誰だよ。」
キノトの後頭部に左の拳を軽く落としながら、吉継が突っ込んだ。
幸村は、遙か下を見晴るかしながらあの辺りでしょうか、と指さした。
「私は、確かあの辺りから東軍勢に向かっていったのですよね。」
「そうそう。また小早川の目と鼻の先とは、良いところに来たと感心させられたよ。」
「お前のおかげで我が隊は壊滅を免れたんだ、感謝している。」
突然褒められ、幸村は紅くなって俯いた。
・・・彼らの因果律では、関ヶ原合戦は西軍大勝利で幕を閉じている。
寝返りを画策していた小早川隊は、黒鳥・キノトの威嚇によって寝返ることもままならず。
業を煮やして差し向けられた布施隊は、あっという間に黒鳥の手によって壊滅した。
「そりゃ、杭瀬川で東軍の守り神・本多忠勝を軽々蹴散らしたとかいう鳥が麓にいたら、
あの坊ちゃん射竦められて当然だろうなあ。」
「非道い言い草だね、吉継。わたしはただ、布施隊をボコボコに熨したあと、小早川の陣に向かって笑って
手を振っただけじゃないか。」
「其れが途轍もない威嚇だというんだよ。」
吉継は深く深く溜息を吐いて、肩を落とした。
これで寝返りは完全阻止・・・かと思いきや、吉川隊がまさかの裏切りを決行し、大谷隊は窮地に立たされたが。
其れを救ったのが、上田より馳せ参じた真田幸村だった。
「あれは、三成も驚いていたね。あんな風に笑った三成を見たのは、後にも先にもあれっきりだ。」
「佐吉のヤツ、本陣で散々苛ッ苛してたんだろうな。
其処へ持ってきて援軍は幸村だろ?まさか総大将まで突撃するとは考えてなかったけど。」
浮かれッぷりは分かる。吉継はうんうんと頷いた。
こんな調子で西軍は関ヶ原に勝ちました・・・というのが、彼らの生きた因果律である。
しかし。
「此の世界の因果律では、そうはいかなかったんですよね。」
「ああ。」
アナウンスを聞きながら、寂しげに幸村はいった。
キノトも頷いて、吉継を見遣る。
吉継は寂しそうに笑っていた。
此の世界の史実では、西軍は小早川の裏切りによって大敗。
幸村は援軍に駆けつけることは叶わず、吉継は覚悟の自害。
黒鳥は存在すらしていないのだ。
其れが、史実として語られている。
「そう言う歴史もあるということさ。」
キノトの呟きには、万感が籠もっていた。