「さ、さすけぇぇぇぇ〜〜・・・・」

間の抜けた幸村の泣き声が響いたのは。

春の陽気もうららかな、桜の舞う頃であった。





【 春の心はのどけからまし 】




「・・・何、やってんの、旦那・・・」

尋常ならざる呼び方に、すわ一大事かと駆けつけた佐助の眼に飛び込んできた光景は。


長く伸ばした栗色の後ろ髪が、枝垂れた桜に絡まってじたばたしている主の姿だった。

「おお、助けてくれ佐助!頼む、動けない!!!」
「おお、じゃないでしょ!?なにやらかしたらそんな網にかかった雀みたいな真似が出来るのアンタ!!?」

脱力半分、説教半分で云う佐助の剣幕に、幸村は一向に動じる様子もなく、

「走り込みをしていたところ、ハチマキが絡まってな。取ろうとしたら髪まで絡まった。助けてくれ。」

大真面目にこう言い放った。
いよいよ、佐助の溜息も呆れの色彩が濃くなってくる。

「助ける、ってもねえ・・・そんなぐっちゃぐちゃに絡んでたら、解けるモノも解けないって。」

兎も角、解放しなければまた鬼だの悪魔だの編集長だのと、幸村が思いつく限りの詰る言葉が飛び出すのは明白で。
さて外してやろうと様子を見てみたら、其れがそう簡単にいきそうもないことがよく分かった。

「・・・旦那さあ、外そっかして、後先考えず藻掻いたでしょ。」
「此の程度独りで何とか出来ずして、どうするのだ。」
「はいはい、心意気は立派立派。けどねえ・・・救えないよ、此の状況。」

改めてじっくり見渡すと、其の凄まじい絡まり具合がよく分かる。
早い話が、幸村の髪の間から桜の花が咲いているように見える、そんな状態である。
しかも、事の発端となったハチマキの方は、すっかり解けているのだからもう。

哀れなモノである。


「こりゃもうアレだ、奥の手しかないな。」
「奥の手!?」

諦めたような、覚悟を決めたような佐助の物言いに、幸村が目を見開いて反論する。

「な、何をする気だ佐助!?」
「何するもヘチマもない状況なの!!じゃあ、ちょっくら道具を借りてくるから、大人しくしてなよ、旦那。」

くるりと背を向けて、一瞬置いてから、一言。
平生よりオクターブ低めの声で、釘を刺すことを佐助は忘れなかった。

「それ以上じたばたして、余計悪化させてたりしたら・・・分かるよね?」

刹那。
是が非にでも佐助が戻るまでに振り解こうと準備していた幸村の、其の気配がそのまま・・・凍った。



「あのねえ。奥の手つーたって、髪の毛なんだから。何想像したの旦那ったら。」

ややあって。
戻ってきた佐助は開口一番、半泣きでカクカクしている主に、溜息混じりにそう言った。

佐助が借りてきた道具とは・・・何を隠そう、鋏。

取り敢えず枝を落として、其の後絡んだ髪を切って外すしかない、其れが『奥の手』だった訳で。
何をどう想像していたのか知らないが、其れを聞くと幸村は、紅い顔を地面に向けて頬を膨らませた。


「ほら。無事外れたんだから、いい加減機嫌直す!しっぽの部分、全部切っちゃったけど、仕方ないね。」
「・・・『しっぽ』云うな。」
「はいはい。」

まだまだ、機嫌が直るのには時間がかかりそうだね、コレは。
苦笑しながらも佐助は、幸村の印象の変わりぶりに驚いていた。

(しっかし・・・髪の長さひとつで、こうも印象変わるもんなんだ。)

今まで、どことなく漂っていたあどけなさが失せ、すっかり凛々しい若武者の風情である。
・・・まあ、中身は相変わらずなのだが、其れにしても。

(旦那も成長してたんだなあ・・・。)

多分、口に出したら怒るから云わないけれど。
しみじみと、そんな感慨が湧いてしまう。

「どうした、佐助。」
「・・・何でもないよ。」

少し、沈黙が長かったようだ。
怪訝そうな面持ちで、けれどやっぱり未だ拗ねたような表情を残して、幸村が顔を上げる。
佐助は、特に何を言うでもなく、頭を振った。

「髪の毛、可成り適当に切ってあるから。あとで勘助兄ィにでも頼んで、揃えてもらって。」
「うむ。・・・・・佐助。」

さて、任務完了と立ち去ろうとした佐助の背に、少し改まった幸村の声。

「なあに、旦那。」
「・・・その・・・有り難う、助かった。」

面と向かって礼を言うのが照れくさいのか、また紅い顔をして、下を向いて、ぼそぼそと。
告げる主の姿が、妙に可愛くて。

「いいって。旦那の世話焼くのも、オレの仕事ですから。」

思わず、満面の笑みがこぼれた。




其の夜。

「ほう・・・わしが留守をしていた昼に、そのようなことがあったか。」

事の顛末を佐助本人から聞いた信玄は、幸村の方を眺め遣りながら、そう言って笑った。
幸村は幸村で、「大人っぽい」だの「凛々しい」だのと、信玄と共に所用から帰った武田の二大頭脳に
褒められたのが余程嬉しかったのか、すっかり機嫌を直して、今は勘助に髪の裾を揃えてもらっている。

「ええ。何か別人みたいになっちゃって。もう少し何か、切り方無かったかなあ、と。」
「はっはっはっ、気にするな佐助。丁度新しい服を仕立てたから、此も何かの機会であろう。」

何の、どういう機会なのかは知らないが、ともあれ事なきを得て良かった。
何より、みんなが幸村の成長を、改めて実感することは出来たらしい、図らずも。



其の夜、躑躅が崎の館は、何時までも長閑な笑いが聞こえていたという。











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幸村の弐衣装妄想。髪の毛短いですよね、コレ。
こんな裏設定が、何か今日突然降臨したんで・・・。

最初は、勘助か内藤に切ってもらおうかと思っていたんですが。
・・・この際だから、幸村関係のわーわーは、佐助に引き受けてもらうかと思って。
ちなみに「武田の二大頭脳」とは、勘助と内藤のことです、念のため。

・・・どーでも良いから破月さん、早く全キャラ出しなされ・・・
(暴走する愛が、ちかにばかり傾いていますもう駄目だ)