事の起こりは一ヶ月前。
越前若狭へ侵攻すると云うことで、遠征部隊が組まれたのだが。
「清廉の士・明智光秀を口説くには、此方も清廉の士で部隊を固めるのが良かろう。」
と、建前なのか策なのか、イマイチ判断しにくいようなことを曰って。
三成・幸村・浅井長政の三人を主軍に据え、自身は援軍の座にちゃっかりおさまって、モブ副将まで内藤昌豊ら清廉潔白組で編成された軍を率い、大名の信玄が出立してしまったのである。
残された者たちは、拙者の何処が清廉じゃないんだ、嗚呼そう言えば自分影じゃん、私の魅力は清廉に勝るのよ等々、言いたい放題文句垂れつつも、本拠地やら近隣所領やらの警護を言い渡されて渋々従ったのだが。
「ま、オレが清廉じゃない、てーのは否定しないがね。」
別な言い分があったのが、島左近其の人で。
【 禁断症状 】
離してはならない主従が引き離されて、一ヶ月。
三成・幸村・長政が率いる「武田軍清廉潔白隊」は順調に明知軍を攻略しているとのことだった。
「だから遠からず帰ってくるだろうよ。」
もう、何回も何百回も同じこと言ってますの風情で、キノトは嘆息した。
「もう、限界突破も甚だしいんだがね。」
返す左近の言葉も、使い古しの局地ムード。
同じ応酬が一ヶ月も続くとこうなるという、好例である。
「寝ても醒めても殿の顔しか浮かばないね。」
「いっそ醒めない夢の中で三成に逢わせてやろうか?」
「やってくれるじゃないですか、信玄公?」
「人の話し聞け。」
もう、噛み合うとかそんなレベルじゃないよね。
呆れたキノトは深く深くため息をついて、左近に背を向けた。
と。
急に、視界が開けた。
不審に思ってみれば、顔を覆う布がない。
「・・・返せ、左近。」
犯人は明らかなもので、左近は暗灰色の布を握り締めたままだった。
惚けたような視線なのが、激しく気になるが。
「・・・左近!」
やや強めの声で呼ぶ。
しかし、左近は惚けたまま。
・・・やばい。
思い至るのが遅すぎた。
「・・・・・殿ォォォォォォォっっっ!!!」
「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ずざざ、ガッ!!
とにかくまあ、いろいろな音がした。
我に返れば、押し倒された格好のキノト、手加減無しで圧し掛かる左近。
もうキノトに押し返せとか言う次元じゃない。
「血迷ったかお前!?わたしはキノトだ!!」
「わかってるさ百も承知だ!!けど・・・お前の言い様と声が、殿そのものだった。」
セリフの後半は、熱く掠れた低い声で。
たじろいだ其の隙に、悪戯な唇が透けるような首筋に降る。
其処、は
「!!っひゃああっ!?」
何時も布で覆って隠しているから、
触れられたらひとたまりもない、キノトの弱点。
「へえ、可愛い声出すじゃないか?」
「違、その・・・い、戦で此処斬られたら、一番拙い場所だから・・・」
「戦闘に生きた闇人の弱点?」
「そ、そうだ!!」
このまま左近のペースに持ち込まれてなるものか。
キノトに残されたなけなしの意地、けれど相手が悪すぎる。
「ま、そんな意地っ張りなところもそっくりってことで。」
「なっ・・・ひゃあああああ!」
キノトの100倍は意地っ張りな、三成に慣れた左近が相手では。
下手な言ノ葉は煽るだけ。
事実、必死で身を捩るキノトの抵抗を哂う様に、今度は不埒な舌が這う始末。
頸動脈を辿るような其の動きは、キノトには激しすぎる。
「や・・・やめ、やめ・・・さこん・・・」
ガクガク震える指にしがみつかれて
じわと、鼓膜を打つ声がして。
見下ろしたキノトの顔が、十六夜のように蒼褪めていたのを目にした瞬間。
流石の左近も、我に返った。
「うわ、すまん!!オレとしたことが・・・!!」
ともすれば見落としてしまうことだが、キノトは闇人。
人間と同じようなノリで、コトに及んで良い相手ではないのだ。
情欲の焔に溺れて抱いたら最期、何が起きても不思議ではないのだから。
「人間の唾液が毒ってこともある、か・・・。よかったな、うっかり接吻なんぞしないで。」
「え、あ、ああ、まあ・・・正気に戻ってくれたなら良い。」
ぜいぜいと。
まだ整わない呼吸の下からであったが、落ち着いたようなので左近はとりあえずほっとした。
とは言え、何処ぞの混沌忍を彷彿とさせる、蒼褪めも引かないから申し訳なくて。
血の気が完全に失せた色の頬に触れた瞬間。
(あれ?)
左近は、違和感に気づいた。
「キノト、お前・・・顔熱いぞ?」
言った瞬間、頬の蒼褪めが音を立てそうなほど酷く強くなり。
同時に・・・
頬の熱も、増した。
「・・・え、ちょ、キノト??」
まさかまさかと思う左近の脳裏に、いつぞやの会話が去来する。
『ほう。闇人の血は黒いのだな。』
『そうだよ。かわりと言うと変だが、涙が紅い。』
『成る程。人間との違いだな。』
『そういうことだよ。まあ、大したことでもないだろう?』
『・・・紅い涙なんぞ気色悪いぞ。』
『ふふ、言うと思った。』
確か、怪我の手当てがどうこうと、三成とキノトと浅井長政(偶然居合わせた)が話していた
時のこと。
そうだ・・・「闇人は血が黒い」と言っていた、確かに言っていた。
「黒い血が、肌を透かすと蒼褪めたように見えるってことか・・・」
「・・・・・・・・・・・・・。」
悔しそうに蒼褪めるキノトの顔が、其れが正しいと物語る。
其れは三成と同じ、左近を煽る潤んだ眸で。
「毒じゃないんなら、止める理由はないだろう?」
言うが早いか。
弱いことがよーく分かった首筋へ、思い切り左近は吸い付いた。
「ゃあああ!」
途端、キノトの其れとは思えないような、甘い悲鳴が上がる。
「じゃあ、このまま本番といきますか。」
「な!?」
もう、絶句するしかなくなった、其のとき。
「帰ったぞ、左近!・・・・・・・・・・・。」
幸か不幸か、いやむしろ修羅場のタイミングで三成が帰ってきた。
「殿!?」
「みつなり・・・!!」
焦る左近と、安堵するキノト。
瞬間
三成が握っていた嘉瑞祥福が空を切って。
「みごっっ」という音が、した。
たぶん左近のどこかにめり込んだのだろう。
「今、帰ったぞ、キノト。」
明らか赤ゲージの左近を、敢えて視界からシャットアウトして。
三成は軽々とキノトを抱え上げた。
忘れられがちだが三成は、秀吉を片手で掴み上げられる程度に力はある。
か細いキノトなど、物の数ではない。
「話したいことがいろいろあってな。ちょうど良い、俺の部屋に来てくれ。」
う、とか、あ、とか、屍人のようにうごうごする左近を尻目に。
音高く障子が閉められる。
甲斐信濃
天地開闢以来最大の戦が・・・始まった。
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左近の禁断症状。信玄公は確信犯ですたぶん(ぇ)
此処はエンパでも引き離しちゃいけないかと。
で、とばっちり頭領。
三成サイドも書きたい・・・かも。