水面の上には、丸く切られた夜の空
黒い其れを見透かす視界はただ紅く
其れが華なのか、刈られた首から流れた何かなのか
其処だけがいつも、分からない
夢の中、幸村の意識はいつも、水の中に在る。
水面までは幾ばくかの距離があるらしい其処は、いつもごぼごぼと溺れるような音がするばかり。
上を見遣れば、何故か丸い空間があって、夜空が不思議と見えて
嗚呼、此処は井戸の底か、と。
目覚めて我に返れば不思議な話だが、夢の中ではいつも納得している。
紅梅、椿、曼珠沙華。
目の前をゆらゆら揺れながらたゆたう花たちを、幸村は目で追った。
水が紅く見えるのは、この花たちの所為でも、ある。
其れだけではないことも、幸村はまた承知していた。
指先に、細い何かが絡む感触がある。
見ずともわかるそれは、亜麻色の髪。其れが指先に幾本も幾本も絡みついている。
その髪の持ち主は首だけに成り果てて、この井戸の底に揺らめいている。夢の中で幸村は、不思議なほど冷静に、其の事実を
受け止め、受け入れている。
別に
彼の人の死、其れ自体が認められない幸村ではないというのに
嗚呼、この人は此処で、こうやって生きて座していたのだ、と
綺麗な綺麗な首だけになって、其れでもなお空へ咲こうとしていたのだと
夢の中、水に沈み華に沈みながら、幸村はいつもそう思う。
だから、なのだろうか
目を醒ましてからも暫くの間、目の前で紅い水が揺れているように見えるのは。
決まって其れは薄明の、薄青い明け方の闇を好かして鮮明に映る、深紅。
一瞬、自分は事実あの井戸の底に沈んでいたのかと錯覚する程度に鮮明な。
指先には、あの髪が絡んでいた感覚が残っているから余計にそう感じる。
夢の中、この紅を初めて目にした瞬間、嗚呼、あの人の色だとそう思った、其の思いは紛れもないけれど。
出来ればもう苦しんでいてほしくないと、切に思いのにどうして、どうして。
明けていく夜とは裏腹に、幸村の思考は尚一層仄暗い深みへと堕ちて逝く。
・・・・井戸が現世と冥府とを繋ぐ道筋であることを、幸村が知るのはこの数日の後である。