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季節外れの大雪が舞っていた。
物珍しくて、らしくもなく三成は窓外に手を差し伸べた。
其の、指先を掠める冷たさに訳もなく焦がれて。
日も暮れかけた薄闇の中、不意に外へと飛び出した。
「この季節に雪とはな・・・」
吐息混じりに吐き出した言葉は、忽ち白く凍りついた。
・・・寒い。流石に寒い。
何かに駆られるようにして外に出てしまったため、周りの景色から見て
有り得ない勢いの薄着なのだ。無理もない。
もう部屋に入ろう、そう思うのだが。
はらはらと舞い落ちる白い欠片があまりにも綺麗で
其れが薄闇に踊るのが、喩えようもなく幻想的で
ついつい、寒いにもかかわらず長居してしまった。
途端、
「・・・っっくしゅ!!」
大きな嚔が飛び出す始末である。
そろそろ入らないと本格的に拙い。
頭ではそう分かっているのだが、足が動かない。
立ち尽くす三成の背後に、其れは突如として舞い降りた。
「風邪を引くつもりかい、三成。」
「・・・キノトか。」
何時から見ていたのだろうか。
異郷の島の黒鳥・キノトが、呆れたように言いながら傘を差し掛けてきた。
「君らしくもないね。こんな日和の夕暮れ時に、何だってそんな薄着で。
しかも傘も差さないとは。何か苛立つことでも?」
甲斐甲斐しく、三成の頭と肩とに降り積もった雪を払いのけながら
少し咎める様な口調で、キノトは嘆息した。
らしくない振る舞いな事は、何より自分で承知だった三成は
憮然として唇を尖らせるしかなかった。
「別に、苛立つことなど何もない。ただ、雪が見たかったのだ。」
「だったらそうと言ってからにしたらどうだね。
左近が心配していたよ、また何か、気に入らないことでもあって
焦れて飛び出したのではないか、とね。」
言われて初めて、左近にさえ何も言ってなかったことを思い出した。が。
雪ぐらいで、其処まで気もそぞろになったのを認めるのはなんだか癪で。
黙したまま、ふん、とひとつ鼻を鳴らした。
もっとも、キノトには全て見透かされているとは思ったが。
「まあ良いか。折角飛び出したんだ。
もう少し、雪が闇で見えなくなるくらいまでは、見物も
一興だろう。」
案の定。
見透かしたように呟いて、キノトは幾重にも重ねた黒褐色の布を一枚、盛大に脱いだ。
「お前に風邪を引かれては、わたしが左近に怒られてしまう。」
言いながら、バサリと包み込んだその布は。
異郷の島に咲く、花の香りに満ちていた。
日はもう暮れ果てて、闇が深々と迫ってきた。
「しかし、よく降る。人間の暦ではもう春だろうに。
珍しいのも一理ある。が・・・流石に冷えたね。」
暫しの沈黙の後、キノトはそう言って三成を促した。
こう暗くては流石の白雪ももう見えない。
まだほんの少しだけ名残を惜しむ足を動かして、三成は頷いた。
「長い時間付き合わせたな。」
「いいさ。こんな景色はそうそう見られないからね。
わたしも楽しかったよ。」
夜闇にも冴え冴えと浮かび上がるような、白磁の口元が笑みを刻む。
帰ろう、と差し伸べられた手に触れた、その瞬間。
異質な冷たさに驚いて、三成はを引っ込めた。
「?どうかしたかい?」
怪訝そうに、キノトが問う。
その顔と、手とを見比べて、三成はふと気が付いた。
「お前、その小指・・・」
平生は長い袖の中に隠れている繊細なキノトの手の
その小指に、銀色の輪が煌めいている。
「ああ。そう言えば、三成は初めて見るんだったね。」
合点がいったように、キノトは大きく頷いて。
「持つかい?」
するり、指から外したその銀色の指輪を、三成の掌に落とした。
「指輪・・・?」
表面に、複雑な幾何学紋様が描かれた、金属の輪。
銀色の其れは、小さいのにズシリと重たくて。
見れば見るほどに不思議な其れを見つめる三成に言うともなく、
キノトはポツリポツリ、紡いだ。
「もう随分昔の話になるが・・・島にね、星が降ったことがあった。
あんまりに眩しくて、一族のモノが怯えてね。
わたしが様子を見に行ったんだ。そうしたら・・・
灼けた黒い石と土の中に、一欠片だけ、銀色があった。
気になったから、持ち帰って磨いてみたら、この光沢が出てきた。
これは星の欠片なのだと。そう思ったらなんだか不思議でね。
以来、ずっと此の指にはめているのだよ。」
ほっそりと繊細な右の人差し指で、
華奢な左の小指をなぞる。
其の、人差し指が、つい・・・と
三成の掌の中、確かな重みを放っていた指輪を拾い上げた。
「キノト、」
「ああ・・・やっぱり、似合うじゃないか。」
何事かと、問おうとした三成の
呆気に取られて反応出来なかった、左手の小指に其の指輪は収まった。
「星の欠片。お前の指に本当に似合う。」
「俺は、指輪など、」
「御守りだよ、三成。」
いらない、と反論しかけた三成を制して、キノトは言い切った。
外して返そう、と伸ばした指も、やんわりと押し止められる。
「持っておいで。きっとお前の守りになる。
其れに・・・指先に星を纏う人間などなかなかいないよ。
お前らしくて、良いじゃないか。」
笑みを刻んだ口元で言いながら、撫でる指の冷ややかさが心地良くて。
「・・・どういう意味だ。」
「言った通りの意味だよ。」
何か、言いたいような、言えないような気分に囚われた。
キノトは其れをも見透かしていたようで。
「さあ、今度こそ帰るとしようか。左近が心配している。」
それ以上何も三成には言わせずに、促した。
三成も黙って其れに従う。
冷ややかなはずの星の指輪が
じわ、と
暖かさを灯したような感じが、した。