夏休みや冬休みだって、怖いんだよ?

キャンプ場で

スキー場で

海岸で

病院で


ほら、奇怪なんて何処にだって潜んでる





【 真夜中の病院のトイレ 】−学園BASARA−





「Shit!ツイて無ぇなあ、せっかくの夏休みだってのに。」

もう何度目になるのか分からない溜息を、政宗は吐いた。
高校生になって最初の夏休み、まさかまさかの盲腸の手術で入院の憂き目を見ることになったのである。
幸い、隣のベッドの真田幸村という同い年の少年と馬が合い、退屈だけはせずに済んだのだが。
人生初の手術体験は、流石に不安であった。

とは言え。
実際の手術は思っていたより遙かに簡単で、術後2日目には
「もう、歩いてトイレに行って良いよ。」
と、美人看護士の猿飛さん(注:男)に言われるくらい、元気だった。


あくる夜。
珍しく、政宗は眠れずにぼーっとしていた。
幸村は熟睡しているらしく、規則正しい寝息が聞こえる。
眠らなければ、と思う。けれど、そう思えば思うほど睡魔は遠離って、眠れない。
手術したてのお腹なので、寝返りも打てない。
ひたすらぼーっとし続けているうちに、とうとう午前二時になってしまった。

(Oh,こんな時間かよ・・・トイレにでも行って、寝るか。)

そろそろと歩くしかできないのだが、気分転換にはなるだろう。
全く人の気配のない廊下を進み、トイレを目指す。
暗い廊下とは対照的に、電気が煌々と点いたトイレは明るかった。
ドアに手をかけて、開けようとした、瞬間。
中からドアがすっと開いて、中から蝋人形が・・・否、蝋人形じみた人間が出てきた。
蒼白としか言いようのない顔色をして、左目に医療用の眼帯をつけた、異様な人物だ。
全身、至る所が包帯でぐるぐる巻きになっている!!

「っっ!!!!」

思わず、引きつった声を小さく上げて、飛び退いてしまった。
ズキン、と、手術の痕が痛む。
少し落ち着いて見てみれば、俯いているものの可成りガタイの良い若い男性であった。
綺麗に染められた銀色の髪と、精悍そうな眉が印象的である。
ただ、腕も首も額も、とにかく目につく所には包帯がきっちり巻かれていて。
焦点の合っていないような虚ろな右目が、不気味と言えば不気味だった。

「Sorry.悪ィ・・・」

変な声を出してしまったのも体裁が悪いし、怖がってしまったのも申し訳ない。
大体、政宗自身右目に眼帯をしている身の上である。相手の隻眼に驚いてしまったこと自体がそもそも、
申し訳ない通り越して恥ずかしい。
しかし其の人は気にするでもなく、黙って俯いたまま、ゆらり、ゆらりと去っていった。
すー、パッタン、すー、パッタン・・・・と、右足を少し引きずって独特な足音を立てながら。

(あの人も、眠れないお仲間、か。)

早鐘を打つ胸を押さえつつ、政宗は息をついた。
翌朝、トイレで会ったあの人について、政宗は幸村に聞いてみた。

「左目に眼帯で、包帯ぐるぐる?それはさぞ、驚かれただろう。だが・・・会ったことは、無いな。」

幸村は、政宗が来る2週間ほど前から入院している。
おかしいなあと、首を傾げていた。

その日の夕食後、昨夜の寝不足がたたったのか、政宗は猛烈な睡魔に襲われた。
丁度良い、ぐっすり眠ろう。
思っているうちに、すとーんと眠ってしまった。


夜半。
トイレに行きたくて目が覚めた。最悪だ。
時刻は午前一時過ぎ。

(冗談キツいぜ・・・)

眠いし面倒だし、昨夜のこともある。
元々気味が悪い所に、昨日の今日だ。誰だって行きたくない。
けれど、朝まで我慢というのも・・・無理だ。
仕方がない。
意を決して、政宗はトイレに向かった。

だが、固めた覚悟に反して、その夜は無事、部屋まで戻って来れた。
今夜もやっぱり熟睡している幸村の寝息を聞きながら、さあもう一寝入りと思った、刹那。

すー、パッタン、すー、パッタン・・・・

闇の彼方から、忘れたくても忘れられない足音が響いてきた。

あの人だ!!

間違うことも無い、昨夜のあの包帯の人の足音。
其れは、ゆっくりゆっくりと、此方へ向かってきているようだった。

正直、冗談じゃないと思った。
けれど、此処で布団の中に飛び込んでしまうほど、臆病ではない性質の持ち主の政宗である。
ひょっとしたら、眠れない夜の話し相手を捜しているのかも分からない・・・
などという平和的な考えが浮かんだわけではないが、ドアを僅かばかり開けて外を窺えるようにし、
足音の主の到来を待ちかまえることにした。

案の定。
ややあって廊下を通ったのは、あの銀髪の若者だった。
すらりと長身で、肩幅も躰の厚みもある。もっと表情が生き生きとさえしていたら
さぞや男前な青年であろうと思われてならない。
相変わらず目につく所は其処彼処包帯で覆われ、パジャマも白地のものの所為か、無意味に
恐ろしさをかき立てられる出で立ちに見えてしまう。
怪我でもしているのか、不自由そうに右足を引きずりながらすー、パッタン、すー、パッタンと、通り過ぎていった。
あれ、と、政宗は軽い不審を抱いた。
この階は、入院患者の部屋がある最も下の階で、この下には外来専門の2階と、総合受付ロビーの
1階、その下は関係者以外立ち入り禁止の地下しかない。
にもかかわらずあの人は、どうも音から察するに下へと降りていったようだった。
余程、追いかけてみようかと思ったが、ついて行ってもなんだか仕方なさそうだし。
つけた所で何があるとも思えないし。
相手が、看護士の猿飛さんみたいな美人だったら話は別だったかもしれないが。

などと不届きな妄想をしている間に、政宗はすっかり寝入ってしまった。




翌朝。

「なあ、あの左目に眼帯した包帯ぐるぐるの兄さん、何処が悪いんだ?」

検温にやってきた猿飛さんに、政宗は思いきって尋ねてみた。

「ん?ああ、其れって長曾我部さんのこと?個性派バンドマンみたいなお兄さんでしょ。
 けど、何で知ってるの?」
「昨日と一昨日の夜、二晩連続で遭遇したんだよ。結構なsurpriseだったぜ、
 あんなナリしてるから。」
「んじゃあ人違い。会うわけ無いからね。けど・・・
 変だな、他にそんな患者さんいないはずだけど。」

男性にしてはほっそりと白すぎる首をひねって、猿飛さんは不思議がっている。
政宗は、出くわした其の人が銀髪だったこと、右足を少し引きずっていたことなど、
思いつく限りで特徴を並べて再度尋ねた。
瞬間、猿飛さんの表情が凍り付く。

「えっ・・・でもだってそんな・・・死んだ、人・・・」
「・・・What??」

聞き返す政宗を、血の気の失せた顔で猿飛さんは見遣り、けれどきっぱり言った。

「多分ね、其れ長曾我部さんだと、思う。けど、其の人・・・
 一昨日の朝、亡くなってるんだよ。」
「一昨日?Really??」
「本当だって。」

今度は、政宗が青ざめる番だった。
猿飛さんは、言葉を無くす政宗をじっと見ていたが、やがて重い口を開いて、話してくれた。

「本当は、患者さんにこんなこと言っちゃいけないんだけど・・・。」

だから他言無用ね、と前置きして。

「長曾我部さんは、四日前の夜に鉄道事故に遭って運ばれてきた人なんだ。重態だったよ。先生も俺たちも、
 必死で治療を続けたんだけど、助けられなくて・・・。息を引き取ったのが、一昨日の朝。」
「で、でも、政宗殿がお会いした方は、よく似た別の方では・・・」
「いや、長曾我部さんだよ。」

隣のベッドから幸村が口を挟んできたが、猿飛さんは首を振って否定した。

「銀髪で背が高くて、左目に眼帯した白いパジャマのお兄さんでしょ?亡くなった長曾我部さんに、
 病院が用意した白いパジャマ着せたの、良く覚えているから間違いないって。
 人相風体だって。パンクロック系個性派バンドマンみたいな若い人なんて、他に居たら直ぐ思い当たるよ。
 それに、事故で右足が一番非道く傷ついていて、先ず其処の治療から始めたから、
 足引きずっていたのも分かるし。何より・・・」

猿飛さんは、一つ息をついてから、静かに続けた。

「長曾我部さん、未だ病院に居るし。」

政宗は息を呑んで、幸村と顔を見合わせた。

「ご実家が四国なんだってさ。けれど、台風で交通機関がマヒしちゃって。
 ご家族が此方に来れない状態なんだ。
 だから長曾我部さん、霊安室で家族の方がいらっしゃるのを待ってるんだ、未だ。」

霊安室。
病院で亡くなった方のご遺体を一時預かる、禁域とも言うべき部屋だ。
大抵何処の病院でも、地下にあることが多い。
そう、地下。
政宗の居るこの3階の病室の階から、階段を下りていった先・・・。

「じゃあ、オレが会ったのは・・・」
「まさか、霊安室から起きあがった・・・?」

震える政宗と幸村を静かに見つめ、猿飛さんは小さく頷いた。



その日の午後。
長曾我部さんは、迎えに来た家族の方につれられて、四国へと帰っていった。
だが、政宗の他にも、深夜の廊下をゆらりゆらりと歩いている長曾我部さんを見た患者さんが何人か居て、
軽く騒動が巻き起こった。

霊安室に横たえられていた、長曾我部さんの遺体の足下には。
誰も置いた覚えのないスリッパが一足、きちんと揃えて置かれていたという。









†††††††††††††††
学園BASARAパート2。不自然に手が滑った経緯はパート1と同じ。
キャストのこだわりは、ただ一点。
「美人看護士の猿飛さん」を書きたかっただけ死んでこい貴様。
ちかを幽霊にしたのは、なんかこうインパクトある人だから。
最初勘助の予定だったんだけど、こっちのがしっくり来る気がしたから変更。

元ネタは『学校の怪談』。