君の学校は、大丈夫?
音楽室で
理科室で
家庭科室で
図工室で
ほら、奇怪なんて何処にだって潜んでいる。
【 かたをたたいたのは だれ? 】−学園BASARA−
暮れかけた西日の、薄闇に沈む音楽室。
幸村と佐助は、二人で居残っていた。
吹奏楽部最大のイベント・夏のコンクールまでもう僅かしか日がない。
にもかかわらず、デュオを任された二人の息が、どうしても合わないのだ。
佐助はクラリネットパートの、幸村はアルトサックスパートの、揃って1年生。
一つ年上で幼なじみのコントラバス奏者・かすがに笑顔で脅迫されてこの部に入るまで、
其れこそ楽器になんて、触ったことがない。
けれど、やってみたらこれが予想以上に面白くて楽しくて、他の新入部員の倍以上、熱心に練習を重ねていた。
そんな二人のがんばりを認めた、顧問の武田信玄先生が、今回のコンクールで二人に大役を任せたのである。
なんとしてでも、期待に応えたい。
そうやって、気合いを入れれば入れるほど、空回りしてしまうようだった。
指揮台に向かって、真正面からやや左にずれた位置に佐助が、其の更に左斜め背後に幸村が座っている。
パートの並び方の関係で、この配置は仕方がない。
だが、これのおかげでタイミングを合わせるのが難しいのである。
交響曲『ナビガトリア』より第二楽章、「花帰葬」のサビ部分の主旋律ハイライト。
本来ならクラリネットのファーストとセカンドのデュオを、アルトサックスとクラリネットのデュオ仕立てにして
武田先生は聴かせどころにした。
他の楽器は完全に沈黙するので、少しでも足並みが乱れれば一発で分かる。
重々承知していることだから、二人だって猛練習に励んだ。
けれど、それでも。
合奏のたびに何度も何度も、先生のタクトは此処で止まってしまう。
「お前たちの練習が足らぬとは言わん。ただ、一生懸命さばかりで、何かが足りて居らぬ。
音符をなぞるのみではなく、深みある解釈をもって、楽器を歌わせるのだ。」
武田先生は、厳しい顔でそう言った。
全体練習では焦ってしまうばかりなので、二人はこうして居残って、心ゆくまで特訓することにしたのである。
他の部員の、譜面台もパイプ椅子も片付けられた音楽室。
いつもの合奏の時と同じ並び方で、二人はただ一心に練習を続けていた。
さっきまで付き合っていてくれた先生は、用事があるとかで出払っていた。
帰ってくるまでには、少しはマシにしておきたい。
佐助も幸村も、そう意気込んでいる。
が。
「すまぬ・・・」
「気にすんなって。」
ハイライト部分にさしかかった其の時に、幸村が転けたのである。
何度やっても、必ず此処でどちらかが転ける。
「俺が、並外れて下手だから・・・・」
「んな事無いって。オレだって同じ1年だし、大して上手くもないし。」
溜息を吐く幸村に、佐助も言葉を合わせる。
弱音など、吐いても気が滅入るだけなのだが、此処まで失敗が続くと流石に凹む。
心配する先輩方を説き伏せて、先生は二人に任せたのだ。
けれど、どうしても6小節のデュオの出鼻、アーフタクトのタイミングが合わせられない。
何度も何度も、6小節を繰り返して、もう一度最初から。
そして、いよいよデュオというタイミングで、今度は佐助が躓いた。
「今度こそ、やれそうだったのに・・・ゴメン旦那。」
「気にするな。しかし・・・お館様の合図が無いと、やはり辛いな。」
お館様。
体育会系ばりに熱血で懐の深い武田先生は、一部の生徒からこう呼ばれている。
「合図があると、其れを見落とすまいとして呼吸合わなくなるしね。どうしよっか。」
「うむ・・・どう、したものかな。」
思案げな顔で座る佐助を見遣り、幸村も椅子に座り直す。
姿勢を正しながら、独白のように言う声に、佐助が振り返る。
「この椅子、座り心地がなんだかおかしいな。」
「あれ、旦那其の椅子、先生のじゃない?座り心地違うさそりゃあ。」
「そうか?・・・あ、本当だ。」
武田先生が何時も使っているそのパイプ椅子は、他のものに比べて古い型のもので、座り心地も当然違う。
「気になるんだったら、取り替えたら?」
「いや、このままで良い。」
さあ今度こそ、の意気込みで、上手く気の合った、そして叙情感溢れる音色が響いた。
今までで一番、上手く流れに乗れた演奏だっただろう。
吹き終えた、其の刹那だった。
“うむ、其の調子じゃ。良いぞ!!”
とでも、言うかのようにぽん、ぽん、と。
幸村の左肩を誰かが叩いた。
けれど、佐助は右斜め前にいるわけだし、二人の他には誰もこの音楽室には居ない。
(え?)
と思う間もなく、
「旦那、今の良かったじゃん!」
佐助が振り向いて、二カッと笑う。
「ああ。忘れないうちにもう一度、合わせよう。」
すかさず、幸村は頷いた。
肩のぽんぽんは気のせいだと思うことにした。
薄闇が少し色濃くなってきたので、佐助が小走りで入り口まで行き、電気のスイッチを入れる。
明るさの戻った音楽室に、異形の気配は欠片もない。
もう一度、曲の始めから。
そしてサビ部分の、ハイライトに差し掛かった瞬間。
弾かれたように、幸村が振り返った。
途端、何もしていないのに、幸村が使っていた椅子がガタン!と倒れる。
音色が途切れた。
「どうしたの、旦那?」
「佐助・・・」
心なしか、何時も元気な幸村の顔が青ざめている。
不安げに左斜め後ろを見返りながら、幸村は震える声で言った。
「今、肩を叩かれたのだ。こう・・・左肩を、ぽん、ぽん、と。」
「え?けど、此処にはオレらしか居ないよ?」
わざと、ぐるりと室内を見回すようにして、佐助が異を唱える。
けれど幸村の表情は、ひたすらに真剣で。
「そうだ。だが、確かに叩かれたのだ。今と、それからさっき。上手く合わせられたあの直ぐ後も。」
楽器を抱きかかえるようにして、立ち尽くす幸村の躰は少し震えている。
音の途切れた音楽室は、さえざえと明るく、がらんとしているばかり。
其の空白に、目に見えない何者かの気配が、不意に立ちこめたように感じて。
佐助は無言で楽器にキャップをつけ、幸村の腕を掴むと、逃げるようにして廊下に転がり出た。
薄暗い廊下からは、電気のついた音楽室はより一層明るく見える。
其れでも、中に入る気になれない。
「お館様、遅いな・・・」
「うん。・・・戻ってくるまで、此処で待とうか。」
「そうするか。」
開け放したドアから零れる光を見ながら、二人は待つことにした。
廊下にいても、なんだか気味が悪くて居たたまれない。
時間は刻々と過ぎていくのに、先生は帰ってくる様子がない。
夏の長い日もすっかり落ちて、群青の闇がどんどん校舎を包んでいく。
其れでも、先生は現れない。
もう、とっくに帰ってきていい位の時間が経過していた。
「職員室に行って、聞いてこよう。」
意を決したように、佐助が言う。
幸村は無言で頷いた。
暗い階段を下りて職員室を覗き込んだら、日直の帰蝶先生がなにやら電話にあたふたと応対していた。
受話器を置くと直ぐ、先生は二人に気が付いた。
「ああ、二人とも、ちょっとこっちへおいでなさい。」
動揺の色を隠せない帰蝶先生に手招きされ、二人はおずおずと職員室に入った。
「たった今、連絡があったのだけれど・・・。武田先生からよ、交通事故に遭われたって。」
「ええっ!?先生其れマジ?」
「五時半頃のことだそうよ。学校へ戻る途中、善光寺の交差点で追突されたって。今は病院にいらっしゃるそうよ。」
「お館様・・・武田先生は、ご無事で!?」
「大したことはないって。ただ、救急車で病院に運ばれて、頭とか色々、検査しなくてはならないらしいの。
軽いけれど怪我もされているそうだし。あなた達のことが気になって仕方なくて、お電話下さったのよ。」
佐助も幸村も、息を呑むばかりだった。
ちらりと、幸村は壁の時計を見上げる。もう間もなく六時になろうとする頃であった。
五時半頃の事故。
時計から視線を下げたら、こわばった顔の佐助と目が合った。
二人とも、同じ事を考えているのが分かる。
幸村が、見えない誰かに肩を叩かれて、先生の椅子が倒れた時刻。
其れは丁度、事故が起こった時刻なのではないだろうか、と。
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七不思議お題の現実逃避してたら出来上がっていた学園BASARA。
なんとなく武田軍トリオで話進めてみた次第。
完全、曲名と二人が持ってる楽器は趣味入ってるよなー・・・。
地下拷問部屋のアイツの姿がちらつかなかった、此処最近では希有なシロモノ。
元ネタは『学校の怪談』。