「黙れこの裏切り者共が!!」

怒鳴りつける苛立った声

粉微塵に吹き飛ぶ障子と柱

遙か彼方まで吹っ飛ばされた、清正と正則

(火に油注いだな、あいつら。)


遠くから見ていた左近は小さく・・・嘆息した。




EDEN




「殿。折角与えられた屋敷を破壊せんでくださいよ。」
「小言はあの莫迦共にでも言ったらどうだ!」

ああ、こりゃそうとうキレてるね。

頃合いを見計らって訪れたつもりの左近は、苛立ちの収まる気配を見せない三成に苦笑した。
しかし、「何がおかしい!!」という怒声とともに、金色の扇が飛んできたので慌てて緊急回避。
したらしたで「避けるな!!」とか言うんだからもう。

「殿。避けなかったら左近は確実に、地獄の江戸城に挑んだ某伯父貴殿の二の舞ですよ。」
「知るか!誰だか分からん者など引き合いに出したところで、左近は左近だろう!!」
「殿、支離滅裂です。」

言いながらも、どう宥めようかなと策のすべてを左近は巡らす。


三成の、不機嫌の理由は分かり切っていた。

戦に、負けた。それだけだ。



・・・・・てゆか、




まろに、負けた。其れだけだ。


「あんな・・・あんなリスのようにつぶらな目の、蹴鞠のことしか考えていないぽよぽよほっぺに
 何故俺が、義が、負けねばならんのだ!!!」
「殿、殿、気持ち分かりますけど其れじゃ貶してないですよ。」

子どものように地団駄を踏む三成の肩を、左近は後ろからそっと抱きしめた。
無論、五武器も四武器も、鬼の強化を施された三武器も持っていないことを確認してから、である。
犠牲者数名を出した八つ当たりで少し気分が落ち着いたのか、三成は大人しくしている。

「何故だ左近!何故、このような・・・!!」

今にも
泣き出しそうに潤んだ大きな眸が、肩越しに振り返って見上げてくる。

「そんなに、口惜しいですか。」

静かに問えば、無言で頷く形の良い顎。
左近はほろ苦く笑って、「泣かないで下さいよ、殿は頑張ったんですから。」と告げた。



「或る意味、殿の理想と重なると思うんですが。」

胡座をかいた膝の上に、横抱きにして。
無骨な左近の指が、優しく三成の髪を梳いている。
穏やかな黄昏、遠くから響く声は稲姫のものであろうか。
楽しそうな其の声に、戦場での緊張しきったあの揺らめきは、無い。

ほら、という左近の声で、其れに気付いた三成は、まだ不機嫌そうに、

「俺は蹴鞠など嫌いだ。」

むくれたように、小さく言う。

「そうじゃなくて。何も蹴鞠が好きか嫌いかの話じゃないです。問題は・・・」

そんな睨むように視線を上げても、可愛いだけですよ、と言いたいのを堪えて。
真剣な声で、左近は続けた。

「時代の、理想です。」
「・・・理想だと?」

見上げる視線に、もの問いたげな色彩が揺れる。

「ええ、理想です。確かに、訪れたのは皆で蹴鞠る時代ですが・・・
 その時代に、哀しみ嘆く者の姿は、ありますか?」

暫く考え込んでから、不承不承認めるように、

「・・・・・ないな。」

小さい声が答える。
左近は、「でしょう?」と笑った。

「だったら或る意味、『皆が笑って暮らせる世』が訪れたのでは?」

そう考えれば、殿の理想の世が訪れたじゃないですか。

畳み掛けるように言ったら、三成は「う゛。」と言ったきり、黙り込んでしまった。


ややあって、

「笑って暮らせる、というより・・・『笑って蹴鞠れる世』の方が其れらしいのが気に喰わん。」

どうにも言い返せないことが判明したのか、左近の厚い胸板に顔を埋めるようにして。
真っ赤に染まった耳だけ覗かせ、三成はぶつぶつとこう呟いた。