喩えば、其れは清麗な水面に
漆黒の雫を垂らしたような違和感
唯一滴、されどじわりと広がる暗雲の如く
嗚呼・・・・・
胸騒ぎが、する
【 紫水晶の沈黙 】
「あ。」
吐息が零れるような小さい声が、座に響いた。
見れば、きちんと結われていた筈の勘助の髪が、はさりと解けている。
甲斐、躑躅ヶ崎の武田邸。
其の日も、不穏な動向の続く豊臣軍の情勢について、軍議が開かれていた。
出し抜けに声を上げたものだから、皆が一斉に、勘助の方を見た。
「どうした、勘助。」
勘助の真正面に座っていた信玄が問う。
「何でもございません。髪が・・・。」
白い繊細な手で、顔の左半分をしっかりと覆い、勘助は答えた。
髪を結っているリボンは実は、忌まわしい左眼を覆う布と共布だから。
其の下にある刺青の痣を見せるわけにはいかないのだ。
「勘助の結髪が解けるなんて・・・珍しいこともあるものだね。」
感心したように、昌豊が呟く。
「修理亮、珍事は災いの先触れと言うぞ。」
右眼で軽く睨んで窘めつつ、しかし勘助の胸に其の刹那、奇怪な不安がよぎった。
(・・・・・幸村?)
浮かんだのは、今は遠征の途についている、紅蓮の太陽のような彼の少年の姿。
程なく軍議は終了し、総ては幸村の帰還を待たねばなるまいと云うことで結論も出た。
幸村とて弱くなど断じてないし、つけた兵たちも屈強な武田騎馬隊の猛者ばかり。
不安要素は何処にもないのに、何故・・・。
未だ結い直していない髪が、微かな風に吹かれて舞う。
ざわめきは醒めやらず、勘助は深い溜息をついてぼんやりと空を眺め遣った。
と。
「何をそんなに、思い悩んでおる。」
「お館様・・・」
先程から勘助の様子を気にしていたらしかった信玄が、背後に佇んでいた。
「気がかりなことでもあるのなら、言うてみよ。」
暖かい、言葉だった。
けれど勘助は、素直に胸中を口にする気になれない。
当然である。
甲斐が誇る虎の若子、其の身が案じられる、など。
まして、同盟国へと侵攻している軍勢を、止めに行っている最中なのだ。
不吉な言霊は避けたい。
「お気遣い、痛み入ります、お館様。でも、何事でもございませんから・・・」
「嘘はいかんぞ。」
やんわりと。
其れでいて逃げを許さない一言だった。
言葉に詰まる勘助へ、更に信玄は。
「それにのう・・・其の様な麗しい姿を、衆目に曝すな、勘助。」
甘さと、独占欲の籠もったような声で、こう告げた。
「幸村が?」
「ええ・・・訳もないのに、あの子の身が案じられてしまって。」
さらりと解けたままの桜の古木色の髪を梳りながら、信玄は怪訝そうに問い返した。
場所を移して、信玄の私室にて。
信玄に髪を結い直されながら、勘助はぽつりぽつり、口を開いた。
「勘助よ、心配するほどのことは何も無かろう。」
「はい。其の・・・通りなのですが。」
何処か、勘助の返答は歯切れが悪い。
決して口には出せない、気がかりの理由。
(だって、もしうっかり口にしたら、また幸村はお館様にぶっ飛ばされるだろうから)
其れは、幸村が出立する其の日の、他愛のない記憶。
「軍師殿、髪が・・・。」
あの日。
豊臣撃滅の軍出立の準備で、何時になく屋敷はざわついていた。
そんなざわめきの最中、彼方此方を見て回っては世話を焼いていた勘助の元へ、幸村が駆け寄ってきたのは
出陣間際の出来事。
結い纏めたリボンの結び目に、絡まってしまった一房の髪を、幸村は見つけたのだった。
「ああ、すまない幸村。」
「なんのこれしき。」
手早く直して笑った、其のあどけない笑顔が目に浮かぶ。
「では軍師殿。俺は行って参ります。」
「くれぐれも無茶はするな。気をつけて・・・行っておいで。」
小柄な勘助は、見上げるようにして微笑みながら、幼子にするように幸村の頭を撫でる。
其の白い細い手と、極上の微笑に頬を染め、けれど元気よく
「行って参ります!!!」
と、駈け出していった背中。
髪が解けた瞬間、鮮明に其の記憶がよぎったから。
まさか幸村の身に何かあったのではと、そんな危惧が去来したのだ。
「これで良かろう。」
思索の鎖を断ち切ったのは、力強い信玄の声だった。
「むう・・・しかしなんだか歪よな。」
「そんなことはございません。有り難うございます、お館様。」
ふわり、何処か影があるものの浮かんだ微笑を見て、信玄は満足そうに笑った。
「うむ、そうやって笑っておれ、勘助。」
「・・・はい。」
大丈夫、大丈夫と言い聞かせる、未だ不安定な胸中は押し隠して。
きっと幸村は無事と、元気と、そう信じて。
つとめて平静を振る舞おうとしていた勘助の元へ
幸村瀕死の報が届いたのは、其の日の黄昏時のことであった。
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ドラマCDネタ。佐助もお館様も出て来ないから、ちょっと暴走。
幸村は勘助に懐きまくってて、勘助は勘助で幸村が可愛くて。
親子みたいな二人が良いなあと破月さんは思っています、痛い痛い。
幸村は、偶に度を超して勘助にべたべた甘えるから、お館様に其の所為でぶっ飛ばされてればいい。
勘助が絡むと、お館様も一人の男です。ザ・独占欲(夜見島へ逝け)
佐助と昌豊の共通見解で良いよ、お館様が幸村に対して拳で語る理由が勘助、てーのは(開き直り)
あああ、昌豊とか援軍で小田原行ってくれないかな、確か縁もあるとのことだし。
伊達殿と幸村の喧嘩止めに入って、慶次に溜息吐かれていればいい、美形様。
そして幸村に傷薬渡して、
「物見で来ただけだからー、本隊引き連れて帰ってくるからー」
言って即引き上げていればいい。
・・・お前何の為の小田原参陣・・・
いつものことですが、最終的に何の話してるのかがさっぱりですね。