風の中、桜が揺れていた

(...愛しの薄紅、約束の春)

吐き出す煙管の紫雲が溶けて消えて

(...けれど其の景色から、君は永久に欠けてしまった)






<飛鳥川 淵は瀬になる 世なりとも 
    
               思ひそめてむ 人は忘れじ>




・・・其れでも、忘れることなど出来ないのだろう。
心の底から愛した、唯一。







弥生の霞空に、君の笑顔を思う。


「政宗様。織田との全面対決の日が差し迫っております。」
「ああ・・・分かってるさ。負けられねぇ戦だ、そうだろう?」

青葉城の片隅。
何をするでもなく煙管を銜え、ぼんやりと空を眺めているばかりの政宗の耳に
僅か苛立ちを帯びた小十郎の声が届く。

「其れが分かっているのなら、何をしていらっしゃるのです?」
「決まってるだろ?桜だ。」

要領を得ない返答。
けれど小十郎は、其れだけで何もかも理解出来た。



「政宗様・・・」

苛立ちはそのまま、けれど労しげな色彩が声に混じる。


「真田幸村の、ことですか。」

沈黙。
紫煙だけが春風に揺らいでいる。





長篠の地にて、武田が織田の強襲を受けたのは、半年ほど前のことだった。
精強な武田騎馬軍団が、最初は織田勢を追い込んでいた。

かに、見えた。

俄に状況が一転し、ジリジリと武田の不利が明らかになったのは何時だったか。
結句、織田の奇策の前に武田は壊滅した。
一月ほど前のことだっただろうか。

全員、討死したと聞いていた。

総大将の信玄は勿論のこと、闇軍師の山本勘助、参謀の内藤昌豊。
勇猛果敢な騎馬軍団の猛者たち、二十四将。
忍隊も壊滅したと云うから、猿飛佐助も死んだのだろう。
そしてきっと、其の主であった紅蓮の太陽・・・


真田幸村も。



「思い出は、過去の光として埋葬するものです、政宗様。」

静かな小十郎の声が、現実へと思考を引き戻す。

「葬り去れねぇから、こうしているんだ。」

彷徨う視線、握りしめる右手。
其の手が離さないのは、一通の書状であった。



『政宗殿。
 暫くぶりでございますな。お元気でいらっしゃるだろうか。
 俺は今、長篠にいる。織田との戦が勃発してしまった。
 開戦の時期が此では、冬いっぱいは戦になるだろう。
 今年の冬は、其方にお邪魔させていただくことになっていたのに・・・申し訳ない。
 春、桜舞う頃お逢い出来るよう、奮戦する次第でござる。
 政宗殿に、真夏の甲斐の炎熱地獄を体感していただきたい気もするが、
 内藤殿が、新種の罠を考案したとかで物騒でござる故、其れは又の機会にでも。

 戦の前であるというのに、不謹慎で破廉恥だが、政宗殿。
 この場を借りて、貴殿に申し上げておきたい。

 お慕い申しております。

 天下はひとつである故、譲れぬものであろうとも
 俺は、政宗殿と共に在りたい。』



拙い筆で、精一杯綴られた書状。
長篠開戦の報と共に、政宗に届けられた文であった。

終ぞ其の唇から、其の声で聴くことは叶わなかった
恋人からの、最初で最後の告白であった。


おそらくは、手先の器用なあの軍師あたりにでも教わって漉いたのだろう
秋桜の押し花を閉じ込めた紙は、端がボロボロになりかけていた。

たとえ、書状がその形を無くしてしまったとしても
たとえ、歪な文字が掠れて読めなくなったとしても

繰り返し繰り返し、刷り切れるほど読み返した一行


あの瞬間震えた魂は、今も未だ冷めやらぬまま

失われたと理解して尚、
消えない此の想いは、一体どう封印したら良い?


自嘲混じりの声で

虚空に 問う


「なあ。無理にでも攫っておいたら良かったのか?」

爛漫と枝を差し伸べる桜は、さわさわと揺れるばかり。


君を忘れない
君を忘れられない
思い出の中にさえ葬ることが出来ない









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生涯最高の友・雪月望嬢に捧ぐ、ダテユキ文ネタです。

・・・・・・って、あれ?

なんか、ねえ、なんか、その・・・

悲 恋 に な っ て る よ ・ ・ ・ ?

おかしいな、彼女から借りた歌で妄想していたのに、面影が・・
ごめ、なんか暗くなった(ぐだぐだか)

サスユキの方は頑張って明るくします・・・


BGM:「アイザクラ」(Amor Kana様)