そも、出逢った刹那など
抱く思いの名など知らず
唯、耳の奥 鳴り響いた銀鈴の音のみ
生涯 消ゆることなく
【 Baroque pearl 】
・・其れ、は
余 り に 歪 な 恋 の 始 ま り
佐助には、幼少時の記憶らしい記憶がない。
彼は、生まれながらの忍の者、戦忍として生きることを定められた存在だった。
だから
物心ついたそのときには既に、言葉より多くの暗殺術と謀略とを知っていた、
そんな気さえする程。
・・・寧ろ、思い出したくもなくて、封印してしまったのでないか。
嗚呼、きっとそうなのだろう。
何時しか、確証もないのにそう頑なに信じてしまう程度には。
今現在、人前で見せる飄々とした顔の下で佐助は
己の記憶を忌避していた。
奥州筆頭の独眼竜。
其の根元を辿れば、彼の人の愛されなかった幼少時代が浮き彫りになると言う。
伊達政宗は、伊達家を継ぐ者として、日向を生きるさだめに生まれた、
そんなはずの、男であった。
打ち砕いたのは、残酷な、そして重大な、たったひとつの病。
彼から右眼と、そして注がれるはずだった愛情は総て
唯一つの、其の病の為に、永劫失われた。
独りになることは恐い癖に、独りでしか居られぬ、哀れな子供。
注がれぬ愛情の傍に在るより、孤独の傍らに在ることを選んだ、いとけない子供。
伊達の大軍勢を纏め上げる今日の彼からは、想像もつかぬほど暗い暗黒の時代
其れが、伊達政宗という男の、幼少時であった。
(・・・愛し合う為ではない癖に)
(互いが互いを求める、そんな魂同士が在るという)
(元より結ばれぬ、否、それどころか殺し合う星の元に生まれて尚)
(惹かれ合い、禁断の淵に堕ちて逝く、そんな魂があるのだと、云う)
出逢ったのは、偶然
けれど、もしもそんな話が本当なのだとしたら
あの時、鳴り響いた銀鈴の音は・・・
・・・・・・・・・・・・・・・遠い遠い、あれは何時かの、彼岸花の咲く頃。
其の日も梵天丸は、青葉城中庭の片隅で、膝を抱えていた。
(日が・・・落ちたら、こっそり部屋に戻って。)
きっと其の頃には、唯一の理解者の小十郎も、所用から帰るだろうから。
そうしたら、お気に入りのあの話を語ってもらおう。
読もうと思っていたのに読めなかった、兵法書を教えてもらうのも良い。
嗚呼、だから早く早く。
(夕暮れに・・・なればいいのに。)
そうしたら、あの明るい部屋を・・・
自分を拒絶する母親と、彼女の愛情を独占する弟が居る、あの部屋を
見なくて済む、通らなくて済む
思う存分、泣くことも出来る、のに
こんな調子で、日がな一日庭の片隅の薄闇の下にて、膝を抱えて耐えるのが、梵天丸の日課だった。
「・・・まあ、聡明なこと。わらわ唯一の息子殿は、ほんに可愛らしい。」
きっと弟には、母が手ずから字を教え、書を読み聞かせして、慈しんでいるのだろう。
其の時々に上がる、嬉しそうな声は何時も決まっていて。
其の度に、思い知る。
嗚呼、彼女の中に、最早自分という存在はないのだ。
憎まれも、嫌われも、蔑まれもしない代わりに、愛されない。
・・・愛されないどころではない。
存在自体を、空気として扱われる、其の残酷さ。
実の母親に、そんな仕打ちをされるということの意味。
(おれが悪いんじゃ・・・無いのに・・・)
辛かったのに、恐かったのに
手招いていた死の淵から、血反吐を吐く思いで舞い戻ってきたのに
(死ねば、良かったのに)
白々と明るい庭の片隅、嘆きの涙だけが止まらなかった。
そんな、明くる日。
其の日も、座敷から聞こえてくる声が厭で、庭の片隅に座り込んでいた。
夕暮れを、黄昏だけを、切に待ち望みながら。
けれど
何時もなら、永劫のような苦痛の時間だけが流れる日常に
其の日、ひとつの異物が紛れこんでいた。
音がしたわけでも、影が動いたわけでもない。
唯其の瞬間梵天丸は、頭上の木陰にふと目を凝らした。
今にして考えれば其れは。
後に奥州筆頭となるだけの実力が備わっていた、証でもあるのだが。
「・・・誰だ?」
そう、其処に何かが居るような気がして。
其れも動物ではなくて、人間が。
姿はない、音も、影さえも。
「なあ、居るの分かるから、出て来ればいいのに。」
けれど、梵天丸は、呼びかけることを止めなかった。
寂しさを、孤独を、紛らわせてくれる話し相手が欲しかった。
無意識の想いが、声を掛けた理由。
ややあって。
梵天丸は、己の読みが正しかったことを知った。
何かが飛び立つような、葉擦れの音がしたのである。
しかし、其の気配は近付くのではなく、遠のいて。
「!!おい!どうして逃げるんだよ!?」
凄まじい早さで遠離っていく気配を、弾かれたように梵天丸は追った。
追いかけたところで、どうするのか。
気味悪がられるに決まってるよ。
そんな心の声がしたけれど、其れでも走り続けたのは。
(嗚呼、思えばこの刹那)
(きっと、鳴り響く銀鈴の音を聞いていたのだ)
鬱蒼と木々が折り重なる奥の庭の、広場のようにぽっかりと空いた空間。
其処まで走って、梵天丸は息を吐いた。
何時の間にか、気配が消えている。
「・・・何処に・・・行ったのかな・・・」
肩で息をしながら、左右を見回した瞬間
「何故、気付いた。」
首筋に押し当てられた、冷たく鋭い“何か”の感触。
聞いたことのない、感情の削ぎ落とされた小さな声。
「・・・何だよ・・・何時後ろに回ったんだ、お前。」
零れた第一声は、確かそんなモノだった。
「質問に答えろ。」
感情を殺した声が云う。
しかし、梵天丸に答える気など毛頭無かった。
(小さい手・・・背もそんなに大きくない。)
冷静に、自分を取り押さえる相手の姿を観察する。
顔は見えない。
けれど、手と、背丈と、それからどうしても子供らしさを隠せない冷たい声と。
其れらが指し示す事実は。
「お前、忍だな。何処の国から来た。何の理由があって奥州を探ってんだよ、ガキなのに。」
孤独を抱えている点では似ているけれど、其の質は全く異にする存在。
湧き上がる思いは、今まで体感したことのない感情。
「質問しているのは此方だ。」
冷ややかな声、けれど今はもう分かる、隠されている諸々の、総て。
「似たような仲間がいる気がしたから、上を見て、呼んだ。其れだけさ。」
さあ、偽らざるこれが本音だ。
試すように、言葉を紡ぐ。
・・・・・返されたのは言葉ではなく
ただ、自分を取り押さえていた手が、躯が、離れたという事実だけ
今度は逃げなかった其の忍を、梵天丸は振り返って見据えた。
推測通り、まだまだあどけなさの残る顔をした、けれど凍りついたように表情のない、小さな忍。
明るい茶色の髪が、差し込む淡い陽光に紅く煌めいていた。
木々の緑に溶け込むような、迷彩の忍装束に身を固めて。
・・・後に、真田隊忍頭・猿飛佐助と呼ばれる人物の
封印されし、幼少時の姿であった。
「何しに来たんだよ、忍。おれを殺しに来たんだったら大歓迎なんだけど。」
最早、梵天丸は本音を隠そうとしていなかった。
元より、生きる意味など疾うに見失っていた自分である。
伊達家の長子という理由だけで暗殺者が差し向けられたのなら、寧ろ心の底から嬉しいくらいだ。
「忍は、慈善で人を殺す存在じゃ無い。」
冷酷な、鳶色の眸。
さして梵天丸と年も変わらないであろう筈なのに、この忍は。
否
其れより、何より
(こいつは・・・見抜いた。)
何時も傍にいてくれる、小十郎にさえバレたことはなかったのに。
たった一瞬、見えただけで、こいつは。
(おれが、死ねばいいのにと思っていることを・・・見抜いた・・・)
嗚呼
いっそ殺されるのなら、この存在の手で殺されたい
其れが、一番最初に、彼に対して抱いた思い。
「じゃあ、お前に殺されるにはどうしたらいい?」
生きる意味が分からなくなっていた、其の時はこう信じた
(こいつに殺される為に、おれは生きたんだ)
暗い歓喜 でも其れは病以来、久方振りに感じた幸福感
肩の辺りでざっくり切られた、焦げ茶色の髪
顔の右側を、不自然に覆い隠すかのように伸ばされた前髪
いっそ病的なほど白い肌は、右眼に巻かれた包帯の色に酷似して
諦めたような、疲れ果てたような表情をした、哀れな子供
其れが、其の時佐助の眼に映った梵天丸の姿だった。
誰もが行き急ぐ時代の中で、己の死を希う、異様な魂。
振り切って逃げることも出来たのに、わざわざ姿を見せたのは。
「お前が、伊達家の当主になって。主の家と敵対したら・・・殺してやる。」
訓練として、潜んだ数多の屋敷の中で唯一、己に気付いた子供
(そんなに死にたいなら、命を狙われるようになるほど強くなればいい。)
そうしたら殺しに来てやろう、一人前の忍になったら必ず
(嗚呼・・・)
(何と、歪な邂逅・・・・・)
斯くして
後に、竜となる者と影となる存在は出逢った。
殺す為に、殺される為に、強くなろうと心に決めて。
転がりだした物語、されど其れは歪んだ真珠に似て
誰も、予測出来ぬ方向へと・・・
ページの外側へと、開かれる。
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これでサスダテだと言い張る、そんな破月は闇人乙型です(何を今更)
何の神が降臨したのか、自分を激しく問い詰めたい(投石)
過去捏造は、何だろう、佐助は随分前から設定がありましたが。
これじゃあ、伊達がまるでお市ですね・・・どんな伊達か。
破月の脳内で、昔の佐助は感情の起伏らしい起伏が見られなかった方向で。
何もかも削ぎ落とされてしまっていればいいなあ、と。
そんな佐助と、死ぬほどネガティブな伊達の出会いですからね・・・
いや、其れにしても色々こう・・・やりすぎた感が・・・(液化肝臓流出)
“殺されるほど愛されたい”伊達と、
“殺したいほど愛してしまった”佐助
そんなドロドロなサスダテも良いんじゃないかって自分思うんですが駄目ですかそうですね。
ちなみに“バロック・パール”てのは、まん丸じゃなくていびつな形した真珠のこと。
これの背景に使ってるのが其れです。
(ケータイからは見られませんが・・・スミマセン。)